玩具店

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  お待ちしておりました(1)  




(無い……!!)
図書館の前で綱吉は、焦って立ち尽くしていた。
学生証がないと図書館に入れない。
綱吉は焦って鞄やポケットの中を探った。
が、見当たらない。
(どこで落としたんだろ?!)
最近学生証を出した記憶をたどってみる。
だが、出した記憶がない。ずいぶん学生証を見ていない。
「困ったな……」
学生証を再発行してもらうことはできるが、それでは明後日提出するレポートに間に合いそうにない。
目を閉じて再び必死に思い出してみる。最後に見たとき。最後に見たとき。
(………あ)
先週の中ごろ、友達とご飯を食べにいって財布を出したときは、たしかに入ってた。ように、思う。
家で財布や、まして学生証を出した覚えはほとんどない。
あと、外出してうっかり無くしそうなところといったら―――
(……まさか…)
あの、玩具店であった。



かくして、綱吉はかの店の前に立っている。
いつまでも立っているのは、中に入るのに踏ん切りがつかないためである。
あの店長は学生証に気付いただろうか?
(むしろ気付くな!)
そしたら、こっそり入ってこっそり見つけてとっとと帰ってこれるのに。
(………もしあの店長が出てきたら)
再発行だ。奴に会うだけでNGだ。レポートは、資料なしで書く。もしくは先生に学生証なくしたって素直に言う。
綱吉は決心するように頷くと、ゴクリと喉を鳴らして店内に二度目の足を踏み入れた。



「お待ちしておりました」
例の妖しげな笑みを浮かべた店長が、恭しい所作で礼をしてきた。
その瞬間、綱吉はクルリと後ろを振り向こうとした。
(資料なし決定。再発行決定)
―――が、綱吉の目にとまったのは。
「そ――、それっ、俺のっ!」
骸が手にしている綱吉の学生証であった。
驚いて指をさす綱吉にクフフ、と笑って学生証を口元へもっていく。
「そう。この前君、コレを落としましてね」
骸がその学生証にヒソリと唇を押し当てようとするのを見て、慌ててそれを取り上げようと綱吉が歩み寄る。
「それ返してくださ……ッ!」
が、伸ばそうとした手は、その腕が上げられる前に骸の手によって阻まれた。
滑らかだがしっかりとした骸の素手が。
綱吉の腕に。
触れた。つかんだ。
「っ……!」
やわやわと腕を撫でるように触れられて、何故かぞくりと肌が粟立つ。
動けないでいる綱吉の耳元に、ぐっと顔を近付ける。
「―――来ると、思ってましたよ?綱吉君」
低めのアルトで睦言のように甘く囁いて、吐息で笑って耳朶をくすぐる。
「…ぅ……、ぁ…、」
ドクリと心臓が波打った。
呑まれた。
捕らわれた。




「この間はローターでしたからね、今度は後ろのほうにもちょっと挑戦してみましょうか」
(どうしよう、どうしよう、いつ帰るって言おう、いつ抜け出そう)
以前に綱吉が道具を「紹介」させられた部屋。
カチャカチャ音をさせながら器具を選んでいる骸の後ろで、瞬きもせずに冷や汗を流しながら綱吉は心理的に追い詰められていた。
骸が先ほどから何を言っているかなんて、とうに耳に入っていない。
この人間に捕まったら最後、厭だといくら泣き叫んでも帰してもらえないような恐ろしい予感がする。
帰りたい。帰りたい。帰りたい。こわいこわいこわい。
ハァ、ハァ、と過呼吸気味に息をする。心臓がドクドクドクドクうるさい。
何の反応も返さない綱吉に、目を細めて骸はゆっくりと振り返った。何となく察しは、ついていた。
「どうしました、綱吉君。顔色が悪いですよ」
あえて逃げ道をつくるような質問をする。しかしそれは、逃がすためのものではなくて。
骸は、パニック発作でも起こしそうなほど恐怖に追い詰められているような綱吉の顔にたまらず口角をひそやかに上げた。
余裕の一切を失いつつあるその追い詰められた表情。
(――ああ、)
ゾクゾクする。
骸は、思いっきり声をあげて愉悦の笑いを響かせたい衝動を必死に抑えた。
「―――お、俺…ッ」
帰ります、とまでは、声が震えて言えなかった。
よろ、と後ろに後ずさろうとする綱吉の腕を、がっと骸の手が掴む。
「――来てくださって、嬉しいですよ綱吉君」
そのままゆるりと近づいていく。
「まさかあの、すぐ近くにある大学の学生さんだったとは、ねぇ?」
いつのまにか、綱吉の背は出入り口ではなくてただの壁になっていた。
「そうそう、この店には監視カメラがついてましてね。ちゃんと録画もされてるんですよ」
「!!」
綱吉が目を大きく見開いて視線をさまよわせると、おとがいを手で掴まれてぐいっと斜め上を向かせられた。
「見えますか?あのカメラ。あのデータをちょっと商品として置いてみたり……君の大学の筋の生徒に、流してみたり…」
クフフフと無邪気そうに笑いながら綱吉の顔を元にもどす。
「あ……」
楽しげに吐かれるとんでもない脅しに、綱吉は蒼ざめて首を横に振った。
「…や、やめ……、駄目…」
「クフフフ…、何を怖がってるんですか、僕はただお得意様に商品の紹介をしようとしてるだけですよ。さあ、一緒に楽しみましょうよ―――」
嗚呼―――

  暗転。







あまりにジャストタイミンすぎる登場の骸店長
そういえば前回モニター越しにニヤニヤ見ていたという件について

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