玩具店
いらっしゃいませ
店内は思っていたよりも、明るくむしろ可愛い雰囲気だった。
綱吉の住んでいるアパートの郵便受けに、この店のチラシが入っていたのが一ヶ月前。
一度は「何のいやがらせだよ〜!」とチラシをくしゃくしゃに丸めまでしたのに、何故か捨てられなかった。
そういう玩具、でももしかしたらいつか要るかもしれないし、
ちょっとは、興味がないと言ったらウソになるし、
別に今捨てなくても、
もうこんなチラシこないかもしれないし、と、
そんなこんなでズルズルと過ごしていた。
場所は、そんなに遠くない。むしろこんな近場にあって気付かなかった自分に吃驚したぐらいだった。
きっかけは、大したことではなかった。
自分の手を使って一人で処理するのが、つかれるなぁ、けどおさまらないし、と、ある夜ぼんやり考えていた。
道具があったら、もっとラクに気持ちよくなれるかも、と悪魔の誘惑のような甘美な考えが頭をもたげた、ただそれだけだった。
一ヶ月もやもや考えて、やっぱり、と思って、意を決して例の店に行った。
店が開いてる時間は限られている。
夜10時以降。
心臓が破裂しそうなほど緊張しながら、店内に入った。
「わ…」
中は思っていたよりも、照明が明るい。壁もオフホワイトで塗装されていて、所狭しといった感じだが、商品も一見アクセサリーか何かのように綺麗に陳列されている。
棚やところどころの内装はベビーピンクだし、置かれている品さえこんなアダルトなものでなければ、女子のよく行く可愛い雑貨屋か何かのようである。
店内には誰もいない。少しホッとしながら、綱吉は静かに商品に近づいていった。
くり、とした目をみはりながら置かれているものを見る。バイブや、玉のつながったやつや(フルーツを模している?)、手錠のようなものもある。
見た目や色が可愛いものもあるが、明らかに上級者向けのような若干生々しいものもある。
(うわぁ…、な、なんか…もう、なんで俺ここ来たんだっけな…)
何だか今更恥ずかしくなって、見ていられなくなり後ずさって綱吉は思わず視線を外すと。
「ぅわっ!!」
「いらっしゃいませ」
…人がいた。
鎖骨が綺麗に見えるヘンリーネックの黒いカットソーの袖を七分まで引き上げて、ゆるく腕組みをしたままこちらを向いて立っていた。
(店員…?死角にいたのかな…、気付かなかった…、いたんだ、人が…)
その人はくふ、とゆるく微笑んで瞳を笑みにしならせると、音もなくこちらに近づいてきた。
「…こちらに来るのは初めてですか?探し物があるなら、お手伝いしますよ…」
「い、いやっ、あのっ、」
すっかり狼狽えて綱吉は相手を見上げた。緋、と藍、の、オッドアイだ。髪もよく見たら藍色なんていう難しい色なのに、この端正な顔には違和感がない。
(って、ていうか探し物、って…、そりゃこういうとこに来るのって目的は明らかにアレだもんな、うわ、なんかあまりにも恥ずかしいんだけど…!)
かあぁっと頬を紅潮させて思わず目を逸らすと、その視線の先にはあの玉のつながったやつ。
この店内きっとどこを見てもこういうのばかりだろう、目のやり場にとても困る。
「…あぁ、アナルボールですか?でもコレはまだ君には…」
「えッ、あッ、いや、違うんです、けど、」
まごまごしながら首を横に振ると、ひたりと視線を合わせてきてその人がクスと笑った。
「こういうオモチャを手にするのは初めてですか?…見たところ、そんな感じですけど」
見たところ、は余計だと思いながら、綱吉は小さく「ハイ…」と返事をした。
その返事に満足げに笑んでから、その人は背を向けた。
「…いいでしょう、実はウチはちょっとしたサービスをやってるんですよ。よろしかったらこちらへ来てください」
え?と綱吉が相手の背中を視線で追うと、彼はゆるりと振り返った。
「初めてでは色々わからないでしょう?ここの一応店長をやっている僕が、相手に応じて商品の説明をするんですよ」
具体的に。ね。
という、口唇の動きのみの彼の囁きは声になることはなかったので、綱吉には届かなかった。
「あ…っ、そうなんですか…」
確かに、何が何やらまだよくわからない今の状態で、商品の説明をしてくれるというのは実はかなり助かるかもしれない。
そんなにぽんぽんお金を出して買えるものでもないので、ある程度は考えたい。
しかも店長なら(見たところ若そうだけど)店内の品物にも精通してるだろう。
商品の説明用サンプルでもあるのかな、なんて思いながら綱吉は相手についていった。
くつくつとした笑いが喉の奥から漏れる。
「…いや、ほんとに、素直なことですねぇ…」
「?何か言いました?」
「いえ、何でも…どうぞ、こちらです」
入ったその部屋は、店内とは打って変わって薄暗かった。