大学生パラレル

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  であいK (2)  




時間のとまった綱吉とは無関係に、店員はにこやかにオーダーをとる。
「ああ、じゃあ僕はアールグレイで」

奇しくも思い出したくもない何分か前の自分の妄想と一致して、綱吉は笑うに笑えなかった。


「…さて。こうやって面と向かってお会いするのは初めてですね、綱吉君。ああ、僕の本名は六道 骸って言うんですけどね」
面と向かわずにお会いした覚えもないが、綱吉はとりあえず軽く首を横に振った。

これない。無い、無いコレ。

はにかむかのように笑っている相手から視線を極力逸らしながら、綱吉は必死に自分を落ち着けた。
(これは…そうだ、きっと、あれだ……。ムクちゃんの何がしかの関係者か何かだ)
小さく頷くと、綱吉は視線をあわせないように微妙に顔を上げた。
「え……ッと、その、…あれですよね、妹さんが後から来るんですよね?」
あなたはムクさんのお兄さんか何かですよね?
落ち着かなさげに手をモソモソさせながら尋ねると、キョトンと相手は目を見開いて次の瞬間、破顔した。
「っくははは!!君、おもしろい冗談言う子なんですねぇ!」
(じょ、冗談じゃねぇー!!っていうかなんだ今の、あれ笑い声?!笑いのツボがわからん!!)
「え…ッ、じゃあ、その、ムクちゃんとはどういったご関係で…」
「クはッ!!ちょっとそんなに笑わせないでくださいよ…、」
マジで焦りながら戸惑っている綱吉を尻目に、骸は目じりの涙を拭っている。
笑いどころが全く判らなかったどころか若干いやな予感を覚えだした綱吉は、ぎゅう、と拳を握った。
「ま、待って、も、もしかして…!!」
じゃあホントに今まで俺がメールしてた相手って―――…!!


「おまたせいたしました、アールグレイのお客様」
「ああ…、はい。どうも」


乗り出しかけた綱吉と骸の間に、カチャリとアールグレイが置かれる。
よくわからず綱吉が注文したバナナシェイクも置かれた。
実に滑らかな所作でティーカップを口元へと運んでゆく骸を見て、勢いをそがれた綱吉は手元のシェイクのストローを握った。
「っ……、」
とりあえず、ストローに口をつけて、吸う。
考えよう。考えるんだ。
視線をシェイクに落とした綱吉を、向かいの流れるような視線がとらえていることに彼は気付かないまま、思考の淵にもぐっていく。
(ちょ、ちょっと待って、整理しよう。何で俺ばっかりこんな驚いてるんだ?この人は相手を間違えてるとかじゃないのか?なんかムクとは確かに名乗ってたけど…。あっもしや俺のこと男だとわかってない?!いやまさかもう声出して喋ってるしそんな…!俺が男だとわかってて、男として会いにきてるっていうんだったら……)
「ああわかった!あれ友達募集サイトだったんだ!!」
「いえ、男性用の同性愛パートナー募集専門サイトでしたけど?」
(おいロンシャンんんんん!!!!!お前どこにナニ登録してんだぁああ!!)
頭の中で頭を抱えて壮絶に叫びながら(どえらいウッカリをかましてくれたものだ)、綱吉は顔をひきつらせて今度こそ固まってしまった。
ど。どうしよう。どうすれば。会っちゃったよ俺。
でも何かこの人、人よさそうだし(なんてったってあのムクちゃんと同一人物らしいし)、ごめんなさいって謝ればどうにかなるかもしれない。
そう思って、綱吉は相手を伺った。
「あの…、すみません、その、それ、友達が間違って登録しちゃってたみたいで…俺としては女の子を相手にしてるつもりだったんですけど…」
その…、と気まずさから視線を落とす綱吉の向かいで、骸はニイ、と一瞬小さく口角を上げたが、それは誰も知らない事実である。
「え?綱吉君、相手が女の子のつもりでやってたんですか?」
驚きとも軽い非難ともとれるようなトーンのそれに、綱吉は必死に頭を下げた。
「そ、そうなんです実は!!すみません!」
「てっきり僕と同じ嗜好で、どっちもいける人間かもしくは…かと」
「え…っと…、」
残念ながら、その、えっと。
「そうですか、それは残念ですねえ」
眉を下げて口元に指をあてる仕草はなかなか優雅で、女の人だったら手の届かないところにいる美人だろうなと思って、綱吉はがっくりと肩を落とした。
「ほ、ほんとですね、色々残念でした…」


「…けれど、まあ、こうやってお会いしたのも何かの縁です。ウチはすぐそこですから、折角なので寄っていってお喋りでもしませんか。お茶菓子ぐらいならお出ししますよ」
綺麗に空になったティーカップをソーサーに戻し、骸はにこりと微笑んだ。
「あっ、いや、そんな、いいですよ…」
「どうしました、僕がそういう人間だったと判って軽蔑しましたか」
僅かに鋭くなった眼光にギクリと身をこわばらせたが、綱吉は首を横に振った。
「いっ、いえっ、そんなんじゃなくて…そ、それは別に…ただ、なんか悪いっていうか…俺…」
パートナーを探すつもりでいた相手だったのに、違うんですごめんなさいと言ったのが何だか悪いように感じられてへどもど喋る綱吉に、クスリと笑みを漏らしてから骸は首を傾げた。
「どうして?今まであんなにメールのやりとりしてたじゃないですか。今更他人行儀になる必要もないでしょう。僕は、どうあれ折角こうやって会ったのだから、対面してお喋りぐらいはしたいのですけど」
「あ…えっと……、」
ふつうに友達、みたいな感じか。
たしかに、今までのメールは楽しかった。気が合うかもしれないし、折角会ったんだからお話をするのもいいかもしれない。
ごめんなさいと謝ってもあっさり納得してくれたようだし、何だか話をわかってくれる人のような気がする。
「…はい、じゃあ、お邪魔します」
にこっと笑って頷くと、骸は目を伏せて頷いた。
「ええ、こちらこそ」




流れるような黒の車体に乗り込んで、道路へと滑り出る。
ちょっと、通常規格より大きいような気がするマフラーとか重低音なエンジン音とかにいささかビビりながら、綱吉は助手席にちいさく収まっていた。
綱吉だって車に興味がないわけではない。こういう車を見たり乗ったりするのはちょっと楽しい。
が、この車、カッコイイはカッコイイ感じなのだけども、何だか迫力がありすぎる気がして素直に「乗れてヤッター」とか思えない。それはおそらく持ち主の少々得体の知れないイメージによるところが大きいせいかもしれない。ムクちゃんってこんなんだったっけ……。
「それにしても、綱吉君は予想通りの雰囲気の子でしたね」
「エッ、そ、そうですか?予想通り??」
車の後ろのほうとか下のほうとかに、余計なでっぱりとか、控えめだけれど飛び立てそうな何かがついていて、若干気になってチラチラ見ていた綱吉は慌てて隣に視線を戻した。
「ええ。何ていうか、…素直というか。あと、こう、ちょこんと…小さくて弱い感じだけれど…」
(な、なんか結構なこと言われてないか、俺?)
あいまいに笑いの表情をへばりつかせて、あ、あははと笑っている綱吉にちらりと視線をやってから、ヒソと骸は口角をあげた。
「…けれども、結構丈夫そうなところとか……頼もしいですよ」
”こわれなさそうで”
と、口だけで小さく呟いた口の動きを綱吉が捉えることはできなかった。
とりあえず、誉め言葉なのか何なのかよくわからないが、綱吉は首を傾げたまま頷いた。
「そ。そうですか?あ、ありがとうございます…」
予想…俺の予想してたムクちゃんてどんなんだったっけ…
既に思い出せないその予想、思い出さないほうがいいかもしれないと頷いて、綱吉は流れる景色に目を向けた。
もう空は茜色だった。




これまた前に予想しちゃってた通りのアパートについて、伴われてエレベーターに乗る。
「特にどうということもない部屋ですけど」
そう笑ってゆるやかに肩を竦める骸を見て、このひと一体何やってる人なんだろう、本当は何歳なんだろうとぼんやりと綱吉は思った。正直、なんというか雰囲気がそこらへんの人と違いすぎる。
「どうぞ」
「あ、ど、どうも」
部屋はたしかにスッキリとしていた。モノトーン中心の部屋で、あのデザイン性を感じさせる家具は…母が「これ可愛いわぁ〜〜、けどそんなに沢山買えるほど手ごろな値段じゃないのよねぇ」って言ってたメーカーの類の家具ではないか。
「すごい、綺麗なお部屋ですねえ」
「フフ、特にモノが無いだけですよ。ああ、こちらですよ綱吉君」
「あ、はい…」
小さなコーヒーテーブルの置いてある部屋に通されて、すすめられたクッションに座る。
「じゃあ何か淹れてきますので。くつろいでいてください」
「ど、どうも…」
パタンと閉じられた扉をしばらくほうけたように見つめてから、綱吉はハーー、と息を吐いた。
何だか洗練されすぎた部屋で落ち着かない。
しかしながら若干この部屋はベッドも置いてあるしくつろげる感が…
(ん。あれ。)
こういうもんだっけ?
メールで知り合ってたとはいえ、初めて会う人ってこんなプライベートルームに通されるモンだっけ?
「………そういうもんなのかも」
こんな変な知り合い方した人間の距離のとり方なんて、よくわからないし。
別に普通、って顔で骸さんがこうするから、こうなんだろう。
取り合えず自分を納得させた綱吉は、余裕が出てきたのかあたりを見回した。
いつも散らかってる自分の部屋と比べたら、驚くほどにスッキリした部屋である。
こういう状態を保ってどうやって生活しているのか謎である。
「……ん?」
しかし、ある一点で綱吉の目がとまった。
この部屋の雰囲気にあまりにも不釣合いで、かつ独特な雰囲気を醸し出していたからである。
無残なほどにボロボロな、イヌのぬいぐるみ……
思わず立ち上がって近寄ってしまう。
「こ…ッ、これ……ッ」
「ああ、それお気に入りの犬なんですよ」
「ウワァアア!!」
いきなり後ろから聞こえてきた声に、綱吉は飛び上がった。
「ああ、驚いちゃいましたか?」
楽しそうに笑う骸の片手には、トレイに載せたティーカップとティーポット、それに焼き菓子。
いつ部屋に戻ってきたのだろうか。音ひとつしなかったように思うが。
(お、おどろくよ、そりゃ……!)
バクバクいう心臓を押さえながら、綱吉は再びぬいぐるみに視線を戻した。
「お、お気に入りって言いました?これ?」
「ええ、昔から持ってるって言ったら知り合いにはいつも驚かれるんですけどね」
クフフ、と笑いながらトレイの一式をテーブルに載せる。
綱吉はぬいぐるみから目が離せなかった。
「すンごいボロッボロなんですけど……!!」
これお気に入りっていうか、呪いを全て注ぎ込んだような、怒りを全て注ぎ込んだようなほどに無残な姿なんですけど…!
「何故だか、気に入ったものはいつもそうなってしまって。いくつか修復不可能なまでになってしまって、今ではその子ひとりです。よく保ってくれていて、そこも気に入ってるんですよ」
「そ、それは……また…」
(ふ、不憫すぎるこのぬいぐるみ……!!)
「おや。何か誤解してるようですけれど、僕はちゃんとそのぬいぐるみの事が好きなんですよ?」
(余計怖いよ……!)
「そ…そうなんでしょうね…、だって尋常じゃないもん、この姿…」
随分無理のある話のあわせかたをして、綱吉は促されるままに席に戻った。
(俺ますますこの人のことがわかんなくなってきた…)
「はいどうぞ、綱吉君。シナモンの類は苦手ではなかったですか?」
「あ、大丈夫です、ありがとうございます…!」
目の前に置かれたティーカップからは、ほんわり甘い香りが漂っている。
「ふわ、いいにおい…」
くんくんっ、と匂いをかぐとフルーツのような芳香の混ざった、甘い紅茶の香りが鼻腔にひろがった。
「アップルシナモンです。貰い物ですが、なかなかいい香りですね…」
「わ、それにおいしい…」
しばし香りを楽しみながら、おいしい紅茶を飲む。
ほわっとした気分になりながら、こんなフワフワした時間過ごしたの久しぶりだなぁと綱吉は思った。
家でおいしい紅茶を振舞うとか、この上品な雰囲気とか、繊細な感じとか、綱吉の周りにいる男子とはかなり雰囲気の違う人種である。可愛いとか、そういうのとも、ちょっと違う。これならメールのやりとりだけじゃ気付けなくても、仕方ないのかもしれない。
(ほんとに、何でこのひと、女の人じゃないのかな…)
同性で恋人ってあんまり想像できないけれど、この人は女の人みたいに尽くしたりするタイプの人なんだろうか…とぼんやりと思った。



しばらくしてお互いのカップが空になり、他愛のない話をしながら二杯目もいただいたところで、指をくんで肘をテーブルについた骸が真正面から綱吉を見据えて、静かに笑みを見せた。

「さて…、綱吉君。そろそろ心の準備はできましたか?」


「え?」



先程とは違う笑いを見せる骸の後ろに見えるイヌのぬいぐるみが、やたら目について仕方がなかった。




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