ゆりむくつな

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  黒百合  


骸・ツナ→高校生・女子校 マリみての設定若干パクり(姉妹制度)
完全コメディ
超積極的骸さん




「すいません、教科書忘れたので見せてもらえますか」
「えっ? あ…うん、いいよ」
最初に交わした言葉はそんな簡素な会話だった。


ここはお嬢様方の通うそこそこ歴史のある女子校である。フランスの修道院から当時日本にやってきたシスターによって創立し、100年以上の歴史を持つカトリック系の学校だ。
祖母の代(女学校の時分)からこの学校に通っている、という生徒も未だに存在している。
中学・高校だけは敷地が別だが、幼稚園から大学・大学院まで一貫になっているほぼエスカレーター式のシステムを持つ。
ツナはそこに高校から入った外部組だった。
理由は、エスカレーター式でありながらも結構厳しく、かなりの進学校である(高校からそのまま付属の大学まで行く内部生は実は少なく、もっと上のランクを目指す生徒が多い)ため、両親が成績ダメダメなツナを無理やり入れさせたのである。おかげで毎日の山のような課題がしんどい。というか、できていない。

六道骸はお嬢が沢山いるこの学校でも、特に別格にオウチがすごいお嬢様だった。
明治のあたりから続く家柄で、今や六道財閥といえば日本のロックフェラー財団のような言葉の響きを持つ。
とても小規模な会社の社長をやってる親父を持つツナから見たら、びっくりするほど隔たりがあった。
骸自身が放つ落ち着き払った上品な雰囲気も、なんというか美人なのも、また彼女は幼稚舎から通っている内部生であるというのも話しかけにくい要素だった。
しかも成績もよろしいらしいし優等生、地を這うような点数をテストで取っているツナにとっては、席は隣だが海をへだてて国が違うぐらい距離の遠さを感じていたのだ。


その六道さんが。
どういうわけか教科書をお忘れになったと。


いやーこんな駄目人間の教科書を見せていいのだろうか、すみませんなぁと思いながらツナは机をぴたりとあわせる。
むしろどうせ自分は寝てしまうだろうから、まるごと教科書貸しますけど、みたいな気持ちでツナは頬杖をついた。
「ごめんなさいね。僕どうやら明日の時間割で教科書持ってきてしまったみたいで」
「えっ!」
びっくりしたようにツナは目を見開いた。六道さんでもそんなうっかりをやらかすのか!
何だかちょっと親近感がわいたかもしれない。彼女も人間なんだなぁ。
それなりにひどい感想を抱きながら、ツナはよく見えるように教科書をウンセと開いた。
「それは大変だよね…、全然気にしなくていいから、いくらでも教科書見せるよ」
「ありがとうございます」
というわけで、その日一日はほとんどツナは骸に教科書を見せることになった。



「ね、"ツナ君"ていう名前なんですよね」
思いっきり眠気で意識が飛んで首がもげそうにぐらついた何時間目かの授業のころ、隣からぽそりと声が聞こえた。
「ふゃっ? なん…?」
夢の中でなぜか足の生えた魚が陸にあがりながら、「ホモ・サピエンス」とか言ってたのを眺めていたツナは、横からいきなり聞こえた現実の声に強制的に意識を戻された。
うわ…っ、自分今すごい変な夢みてた気がする。
「何だっけ…、ツナがどうしたって?」
一応授業中なので、ぽしょぽしょ喋る。
「君の名前ですよ。"沢田さん"じゃあそっけないから、"ツナ君"って呼びたいんですけれど」
「ああ、うん、いいよいいよ、もう好きなようにどうぞ」
グダグダな頭でウンウンと頷くと、「よかった」と彼女が顔をほころばせる。
「じゃあ僕のことも下の名前で呼んでいいですからね」
「あーうんうん、下の名前……って、え…っ」
下の名前とは「骸」である。
ちょっとつける親としてはどうしてそんな名前にしたんだろうと心配してしまうような名前で、クラスメイトもたしか皆「六道さん」と意識的に呼んでいた筈である。
嫌じゃないのか、その名前で呼ばれて(ツナはツナで人に哀れまれる名前ではある、気にしてはいないが)。
言いよどんでいると、骸の顔が曇った。
「え…っ、やっぱり、いきなりそんな親しい呼び方は馴れ馴れしかったですか」
「い、いや、そーいうんでなくて… …ええっと、いいのかな、それで呼んでも」
「勿論ですよ!」
ぱあっと顔を輝かせて答える様子には、"骸"という名前に微塵も厭わしさを感じていない様子である。
「そっか、じゃあ"骸さん"で」
へら、と笑ってそう答えると、一瞬骸の口の端が音もなく上げられた。ような気がした。
「クフ」
(う、うん…っ?)
何故か悪寒を感じて身を震わせたが、次の瞬間にはしずかに微笑む骸の姿。
「誰も下の名前で呼んでくれないので。よかった、嬉しいです」
(そりゃあ呼ばないよね、呼べないって)
「そ、そう、よかった」
「あ。じゃあ、ねえ、ツナ君」
ぎこちなく微笑んだツナの手を、骸がきゅっと握った。
「えっ な、何っ?」
先ほどの悪寒がウヤムヤのまま、この人こんな親しみやすそうなキャラだったっけ、と多少面食らいながらもツナは骸の方を見る。
とりあえず授業中であるが、もはや骸は教科書など見ていなかった。
「お昼ご飯とか一緒に食べませんか」
「え…っ?!でもろくど…いや、骸さん、いつも一緒に食べてる人いるんじゃ」
いつも昼は彼女の姿を見かけないので、誰と一緒かはわからないが、きっと別のクラスの子と食べてるんじゃないかと思っていた。
しかし骸はいっそ清々しいほどの笑みとともに答える。
「別にあちらから声をかけてくるだけで、特定の人間と食べたりしてるわけじゃありません」
うお…っ、辛辣…ッ!
ツナは、ぞぞ、と背筋を震わせた。な、なんか怖くないかこの人。
「せっかく隣の席なのに、一度もお話したことなかったじゃないですか。君休み時間も寝てばかりですし」
「ごめん、だってせっかく休み時間なんだから、寝なきゃと思って…」
自分で言っててもどれだけ自分寝るの好きなんだよ、と内心ツッコんだが、骸はそれを気にしない様子でニコッと笑った。
「僕あまり仲の良い友達が居なくて。でも君はすごく親しみやすい感じがして、気になってたんです」
「えっ」
ほんとかよ!!と思わずツナは心の中で叫んだ。
休み時間になるごとに彼女の周りには結構な人だかりができ、傍から見ると大人気のように見える。というか、実際そうだろう。
どの口で「仲の良い友達がいない」とか言うんだろうか。
(あー…、でも、アイドルを囲むファンとか、そんなノリなのかなぁ)
友達というより、線を画して崇拝するとか、そういう類なのだろうか。
だったらたしかに寂しいかもしれない、とツナはちょっと思った。
(親しみやすいって…  うう、どうせ庶民派ですよ)
微かにへこんで頭を垂れる。
「あ…、でも骸さんも思ってたより話しやすい人だよね」
もしかしたら家は天空の城とかそんなんじゃなかろうかと思っていただけに、意外だった。
「そうですか?口下手なものだから話すのが苦手で…、でもツナ君相手だと喋りやすいみたいです。ふふ」
はにかんだように微笑む様子に、思わずツナはほわわーんと和んでしまった。
(やばい…、なんかちょっと可愛いかも…!)
辛辣かもとか、何かちょっとおかしい?とか、そんな意識のひっかかりは全てそのはにかみで塗り潰された。
だからツナは見落としてしまった。
骸がひそやかに口元に手をあてたまま、性質の悪い笑みを浮かべているのを。




授業も終わり、例の昼ごはんの時間がやってきた。
誰かが骸のもとにやってくるよりもいち早く、骸はツナの手を引いた。
「ねぇツナ君、今日は天気がいいのでお庭のほうにご飯食べに行きませんか」
「お庭、って…」
あの色んな花が咲いている、校内の小さな庭園のことだろうか。


学校内には色々なスポットに小さな庭のようなスペースがある。
骸が連れて行ったのは、その中でも最もひっそりした、聖堂裏の庭だった。
「僕、ここ静かで好きなんです。案外皆、離れてるからお御堂のほうには来ないでしょう?」
たしかに、とツナは頷いた。入学したときは、"すげぇ、お御堂とかあるんだ"と珍しがったが、実際には用事がないためめったに来ることはない。
ミッション校ではあるが皆別に敬虔なクリスチャンとかいうわけではない。ツナの家だって普通に真言宗だ。
お御堂も、何かイベントごとや朝の礼拝(これも自由参加)でもない限り、校舎から若干離れた高いところにあるためかほとんど人はやってこない。出入りしているのはそこの修道院に住んでいる年配のシスターぐらいである(おばあちゃんシスターがあの格好のまま自転車をこぐ姿や、普通に公共交通機関を利用している姿は、ちょっと面白い)。
目の前は木に囲まれ、空がたかく切り取られる。額縁は木の葉で、BGMはそよそよと風が木々を揺らす音、時折聞こえる鳥の声。
「このあたりにしましょうか」
骸は芝生の地面に自らのハンカチをとりだすと、そこに敷いた。
「どうぞ」
座るようにと促され、ツナは面食らった。
「えっ!いいよ、骸さんが座りなよ!」
「僕はこのままで大丈夫ですから、どうぞ」
「………ど、  どうも」
ぽんぽんとハンカチを叩いて促され、仕方なくツナはその上に座った。
(こ、こんな高そうなハンカチ…尻にしくなんてー!)
ちょっと心がいたんだ。
しかしそんなツナの内心の葛藤などお構いなしに、骸は上機嫌でニコニコしている。
「ね、ツナ君、帰りも途中まで一緒に帰ったりしましょうね」
「えっ、でも骸さんの家って」
「電車の路線、途中まで一緒なんですよ」
「そうなんだあー!」
そういえば同じホームに立ってたりしてたかな、とも思ったが、あまり意識して覚えてはいない。
あまり電車のイメージがないからだろうか。
「ええ、僕のほうが少し遠いですけれど」
しかしツナは知らなかった。

『骸様…何故わざわざこのような遠い駅で降りられるんですか』
駅の下見につれてこられた運転手の千種は、普段は寡黙ではあるが聞かずにはいられなかった。
なぜなら、毎日これから自分が わざわざ ここまで迎えに来る事になるからである。
『ああ、千種、お前には迷惑をかけますね。僕のお気に入りの子がこの路線なのですよ。楽しい学園生活を送るために、少し力を貸してくださいね』
千種は優秀なお抱え運転手である。
こいつ馬鹿だ、と思っても決して口にはしない寡黙な男であった。


「楽しみですね、ツナ君!」
ニコニコと弁当を広げる骸に、ああこの人でも人並みにお昼ごはんは楽しみだったんだなぁとツナはほっとした。
「そうだねぇ〜」
ニコニコ笑いあう二人の心のベクトルは、笑えるほど通じ合ってはいないが、とりあえず雰囲気だけは和やかだった。





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