ゆりむくつな

つぎ |

  貴女(2)  


今更ですが、ピュアな骸さんがお口に合わない方にはお勧めできません



季節が巡り、二人は別々の進学をした。
けれど、毎週に1回はかならず、どちらからともなく電話をするしたまに会って遊びもしていた。

「えーっ!音大ってそんなことするんだ!やっぱ全然違うねぇ」
「そうですね、…でも僕のことより、君はどうなんですか。ちゃんとやれてますか?」
「またそんな心配ばっかして。ちゃんとやれてるよ!そういえばこの前ね…、」
「ええ、」
骸は表情を綻ばせた。
こうやって彼女と話している時間が、何よりも幸せだった。
欲を言えば、すぐ隣にいてほしいけれど。
「…ふふ、君にチェロでも教えていればよかったですかね」
「あはは、楽器なんて弾けないよ〜」
「ですね。いっそ僕がそっちに行けばよかったかもしれない」
骸はすぐそばに置いてあったパンフレットをなでた。
「何度もすみませんが、考えてみてください」と教授のメモが添付され、『留学研修プログラム』と書かれた申込書には、何も記入はされていない。
「だめだよ!骸さんはその才能を埋もれさせちゃ」
「君が聴いてくれるならそれだけでもよかった」
「またそういうこと言って〜、無欲だよね骸さんて」
「…まさか。僕は誰よりも強欲ですよ」
手に入りそうにないものをずっとほしがり続けている。
ただ、それ以外のものは要らないだけだ。
「あ…、そうだ、骸さん」
「何ですか?」
「あ、あのね、えっと。あのね。」
もごもごと言いにくそうにしている様子が伝わってくる。
ツナがこういうときは決まってバツの悪いときだ。
「何ですか、怒りませんから言ってごらんなさい」
きわめてやさしく促すと。
「や、そういうんじゃないんだけど、えっと…、あの。ね」
ん、と思った。
かすかに恥らうような様子。いやな予感がする。
大事な秘密をうちあけるかのように、ツナはつぶやいた。
「こないだね。彼氏が、できたんだ」
「―――…」
ああ――…。

瞠目した。

いつか訪れるだろうとは思っていたけれど。
まだ、先だと思っていた。
「そういうのってピンとこなかったんだけど、なんか、くすぐったいね。好きになってもらえるって、うれしいね」
喋らないで。
そんな幸せそうに。
くしゃ、と骸は自らの前髪をつかんだ。
「――好きになって貰えるのは、幸せですか」
それなら僕は、誰よりも前から君を幸せにできていた筈だ。
「うん、えへへ、なんか、どきどきする」
近くの壁に首を傾け、頭をつける。
どうしてだろうか。

自分はそんなに大変なことを望んでいたのだろうか?
多くを望んでいたつもりはない。余計なことは望んでいない。
なのにどうして、唯一の望みすら持っていかれなければならないのだろうか。


泣きたい気持ちになった。


「―――そう、よかったですね、ツナ君」
「…骸さん?」

それ以外何を言えというのだ。
うめくように声を絞り出して、骸は電話を切った。


膝も頭も抱えるようにしてうずくまる。
わかっていた。
でも、「もしかしたら」という微かすぎる可能性に、少しでも期待していなかったといえば、嘘になる。
「本当に、僕は馬鹿ですね――」
不毛な想いを、いったい何年持ち続けていただろうか。


携帯に、チラりと揺れるストラップを、骸は無言で見つめた。
忘れてたけど慌てて買ったおみやげがこんなのでごめん、とツナが申し訳なさそうに昔渡したストラップ。
特にそういうものをつけてなかった携帯に、唯一ついているものだった。
それ以外、つける気もなかった。
綺麗な蓮の花のモチーフがついた、珍しいデザインのもので、ツナの趣味にしては意外だと思った覚えがある。
(「なんか、骸さんに似合う気がして」)
「………」
そっと親指でそれを撫でると、骸は静かに携帯からそれを外した。
しばらくそれを掌の上にのせていたが、ぎゅ、と握り締めて鏡台から小さなケースを取り出す。
中身が空のケースにそのストラップだけをしまって、引き出しの奥に入れた。
自嘲気味に口元をゆるめてから立ち上がる。
外すけれど捨てられないストラップ。
「…僕も、いいかげん未練がましいですね」

(心を捨てることができたら、少しでも余裕というやつができるのだろうか。)
モノは捨てればその場所にスペースができる。
だが心は?

…簡単に捨てられたら、誰も苦労しない。



どれぐらいそのままでいただろうか。
しばらくしてから、緩慢な動作で骸は再び携帯を手に取った。
片手には、先ほどのパンフレット。
「――先生、例の件ですけれど」

底のない容器に水を注ぐぐらい、どうしようもないことに囚われていた自分が愚かだった。
同時に、どうしようもなく虚しかった。
お門違いのことで悩む自分も、それにとどまっている状況も、
いっそ消えて無くなればと。




一方、ツナは。
「…骸さん……、」
切れた携帯に視線を落としていた。
「どうしたんだろう…」
様子がおかしかった。
怒ったような、いきなり元気がなくなったような…。
「もしかして、彼氏に興味ないとか言っておきながらつくっちゃったのに呆れたのかな、抜け駆けしたのだめだったかな。骸さんも実は彼氏ほしかった??」
色々呟いて考えてみるが、彼女はそんな様子ではなかった。
何よりツナが幸せになることに関して、真っ先に喜んでくれたのはいつも彼女だった。
「でも、すごく、落ち込んでたような、気がする……」
僅かな声の変化や雰囲気の変化でも、骸のことなら何となく判るようになっていた。
けれど肝心の、理由が今回はわからない。
「…よし、」

ひとり頷いてもういちど電話をかけてみたが、
通話中だった。
「…あれ、話し中か…また後でかけよう」


けれど、その後何度かけても彼女に電話はつながらなかった。




<続>

つぎ |

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