ゆりむくつな

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  貴女(1)  




『「ありのままの自分でいなさい」と言うのは、ある人達にとって、最悪の忠告となる。』
(トム・マソン)




離れがたいものを、どうやってとどめておいたらいいのかわからない。
好きだから一緒にいたいとか、ただそれだけなのに、
ただそれだけのことに、形とか、名前とか、いるだろうか。
形をもたない心は、容易につなげておくことができないくせに、
ときに何よりも離れがたくなる。

いつも何処かに違和感のような生きにくさと苦しさを抱えながら、
それでも心に灼きつけるように、少しでも惜しむように、
彼女<ツナ>と共に居た。


どうか気付かないでほしい。
本当は気付いてほしい。
気付かれたときは、終わりのときだろうに。




好きで、ごめんなさい。
好きという気持ちにも、
…ごめんなさい。






「あーおなかへった、はやくご飯食べよ骸さん」
「そうですね」
午前中の授業が終わり、いつものように骸のもとにツナがお弁当を持ってやってきた。
教室は一気にガヤガヤと賑やかな雰囲気につつまれる。誰だってご飯は待ち遠しい。
女の子ばっかりのこの学校でも、それは同じだった。
待ってましたといわんばかりの顔で席について、いそいそと弁当を広げだすツナに骸は思わず吹き出した。
「えっ?何っ??」
「い、いえ、何でも」
本当に裏表が無いというか、何というか。
「そういえばツナ君、君僕が作ったグラタン食べたいって言ってましたね」
「うん。……って、それはまさか」
骸がおもむろに取り出した包みにツナが目をみはる。
「ええ、そのまさか」
かぱっと容器をあけたそこには、綺麗な狐色した焼き色のついたグラタンが。
「う、うぉおわー!!そっ、それっ、 く、くれたりっ」
今にも涎が出そうなその口に、スプーンですくったそれを近づける。
「勿論ですよ。そのために作ってきたんですから」
はぐっとスプーンごと口に含んだツナの表情が、ほややーんととろけた。
「お おいひぃ〜」
「そうですか?よかった」
にこにこしながら、やれ食えそれ食えとどこかのばーちゃんのように骸がグラタンをツナに与える。
ツナはツナで自分の弁当そっちのけでグラタンに夢中であった。
「うあーおいしい、お店で食べるのよりいい!骸さんて無駄に器用で料理上手だよねぇ、いいなぁ」
「褒めてるように聞こえませんがそれは」
「いや褒めてるんだって。自分でおいしいの作れるなんてまさに自給自足だよね。いいお嫁さんになれるよ」
ウンウンと頷きながらどこかのおじちゃんみたいな事を言うツナに、骸は吐息だけで軽く笑う。
「そうですね」
(君のお嫁さんだったら、喜んでなりますけどね)
よもや口にもできず、骸は椅子の背もたれに背をあずける。
「…楽しいでしょうね、自分の好きな人に料理を作って毎日おいしいって言ってもらえるなんて」
「ゼッタイ骸さんだったらおいしいって言ってもらえるよ!保障する!」
グラタンもらったから代わりにどうぞ、とすすめられたツナの弁当にゆるく首を振って、「自分の、あるんですよ」と別の容器を取り出す。
「保障してくれます?別にお嫁さんとかじゃなくてもいいんですよ、将来ツナ君がどこかで働くとして、僕が家で料理を作って家事もして『おかえりなさい』ってお迎えするとか楽しそうじゃないですか?」
「わ…!いいねぇそれ、家に帰ったらおいしいご飯が待ってるのかー…」
「休日は一緒に買い物です」
「楽しそうだね!」
満面の笑みで自分の弁当をほおばるツナに、ひっそりと骸は苦笑した。
(本当に、そうであればいいのに)
夢想を口にするのは心が弾むが、相手の乗りがよければよいほど現実から遠くなる。
ああ、今はこんな戯言に乗ってくれるけれど、この子だっていつかは他の男のものになってしまうのだろう。
…むなしい。
少し落ちた様子でため息をつく骸にツナが首を傾げる。
「どしたの、むく…」「それでさー!!ちょっと聞いてるー?!」
「ぅわ…っ、」
いきなり隣から聞こえてきた他の女生徒たちの甲高い声に、ツナが首をすくめた。
「こないだの顔ぶれマジありえなくない?!気合いれた自分がバカみたいだし!」
「まーあんなもんじゃね?期待するほうがちょっとアレだって」
「エミはいいよ彼氏いるんじゃん、最近どーなんよ」
「こんど一緒に泊まりで旅行行く」「マジでっ?!いいなー」
多少眉をひそめて骸もそちらを伺うと、どうやら合コンやら彼氏の話題で盛り上がっている様子。
ツナもそちらをじっと見てから、視線を天井に滑らせた。
「………」
「………」
「…彼氏かー。骸さんて彼氏いたっけ」
「まさか。いませんよ」
食べ終わった弁当がらをそのままに、疑わしげな視線で骸を見る。
「本当に〜?顔綺麗だしモテそうなのに」
「特に欲しいとも」
思わなくて。
言葉少なな骸に、勝手に何かを納得したふうにツナは頷いた。
「だよね。別に今は居なくてもな。普通に毎日楽しいし」
「そうですね」
「そういうの何かピンとこなくってさ。でも皆はよく誰が好きだとか彼氏がどうだとか…あんま興味ないの自分だけかと思ってたから、骸さんもそうみたいでほっとした」
「ふふ、」
ツナの弁当がらを片付けながら、笑うだけで精一杯だった。
(別に、興味ないわけじゃないんですけどね)
綺麗に片付けた彼女の弁当箱を手におさめて、じっと視線を落とす。
「これが、いいんですけどね」
彼氏は別にいりませんけど、この彼女が欲しいんですけどね。
「えっ、その弁当箱気に入ったの?」
ベクトルが違いすぎるツナの言葉に、骸はあいまいに表情をゆるめた。
「ええ、まぁ、そうですね」




お昼ごはんが終わったら、二人はよく音楽室へ行く。
授業までの僅かな時間、ちょうど日当たりもよく空調もきいている音楽室で、骸のチェロを聴いたり二人で楽器で遊ぶのがささやかな楽しみだった。
「音楽ってそんなにわかんないけど、骸さんのチェロは好きだな」
「ふふ、そうですか」
カーペットの上にじかに膝をかかえて座って、骸の傍でツナはチェロを聴く。
染み入るような低音が、やわらかな午後の陽射しに包まれた音楽室にのびる。
一音一音に深みがあり、不快な音など混じる余地が無い。
「いつからチェロやってるんだっけ、すごい上手なんじゃないの?骸さんって」
「小学生の頃からやってますけど、そうでもないですよ」
なめらかな弓運びに目が釘付けになったまま、ツナは演奏に見入る。
「でもこの前もなんか、演奏会みたいな大会みたいなのに出てたよね。賞とってたじゃん、すごい」
「でも此処でこうやって弾くほうが、大勢の前で弾くよりも楽しいですよ」
手をとめて視線をやってくる骸に、ツナは首をかしげた。
「そうなの?そういうもん?」
「ええ、本当に演奏を楽しんでくれる大事な観客ひとりに弾くほうが、よほど楽しいです」
「…わ。わ。 なんかぜいたくな気分だなー」
えへへ、とツナが照れたように笑うと、骸も「ふふ、」と笑った。
その他大勢にすることなどより、
君のためにすることは全て楽しいんです。
と、
本当の意味はいつも伝えられないけれど、
笑ってくれるなら、それで、いい。





橙色をした夕暮れのアスファルトに、二人の影がのびる。
夕暮れの蝉の声は、ひどくなつかしい感じがする。

「ねぇ骸さん」
学校も終わっていつものように二人で下校する途中、食べかけのアイス片手にぽつりとツナが漏らした。
「なんですか?」
「もし…、もしさ」
「ええ」
「骸さんにもしも、何ていうか、その、彼氏とか出来てもさ」
「………」
影に視線を落としたまま、骸は返事ができない。
だから、出来ることはないと…
「できてもさ、骸さんは、こうやって一緒に遊んでくれたりとか…してくれる?」
「っ……、」
”もしも”の話をするならば。
”もしも”君にそういう人ができても、僕と一緒にいてくれるんですか。
”もしも”僕が君を好きだと言ったら、今までと同じように一緒にいてくれるんですか。
「…だから、出来ませんってば。安心してくださいよ」
「そんなの、わかんないじゃんかー!」
「…むしろ僕は、君に出来やしないか心配ですよ」
ツナの口許についたアイスを親指でぬぐう。
「いや、ない!それはない!!」
「クフフ、…どうだか」
付き合っているならば。
この親指をなめてもおかしくないのだろうか。
アイスをぬぐった親指を自分の口許に持っていこうかためらっていると、ツナからティッシュを差し出された。
「ごめん、汚れたね」
「…いえ、君がティッシュ持ってるなんて、珍しいですね」
「しっ、失礼だなー!ティッシュぐらい持ってるって!」
「わざわざ携帯の広告つきのティッシュをですか。マニアなことで」
クフフ、と目を細めて笑うとツナは「なんだよー!」と反論した。
「せ、せっかくこっちが気つかったのにイヤミな奴だな、どうせ今日来る途中で道でもらったよ!」
「いえいいんですよ別に」
クスクスと一頻り笑ってから、はあ、と息をついて見事な夕焼けを眺めた。
「…ああ、ねぇ綱吉君、”もしも”の話ですけどね」
「ん?うん」
「”もしも”僕が男だったら、どう思います?」
付き合ってくれますか?
「えー、骸さんが男だったら?  ………ぷははっ!!」
いきなり笑い出したツナに骸は眉をひそめる。
「ちょっと、何笑ってるんですか」
「なんでもできる男って感じだけど、なんかすげー相手の女を支配したがりそう!」
「何ですかそれ、君いままで僕のことそんな風に思ってたんですか?!」
ぎょっとしながらも、実は結構あたってるかもしれないと思い骸は内心ギクリとした。
「いやーでも顔はいいから絶対モテそうだよね、でも実は性格悪いっていう」
「…ちょっと、君あんまりじゃないですか?」
ふひーっは!と腹を抱えて色々勝手なことを言いながら笑うツナを、半眼で見る。
言いたい放題もいいところだ。さすがにショックである。
「はは、ふふ、でもさ、結局なんだかんだ文句いいながら世話やいてくれそう」
「逆にツナ君はアレですね、男だろうが女だろうが手間がかかりそうですね」
「あっ、何それ骸さん!どっちにしろそれってダメダメじゃん!仕返し?」
「いーえ別に。…ただ、ねぇ。だったら丁度いいですよね」
「何が?」と首をかしげるトンチンカンの口に、手持ちの飴をつっこんだ。
「あ、この飴スキなんだよね」と顔をゆるめて飴をほうばる。
知ってるからあげたに決まってるじゃないですか。
「もし僕が世話やきの男だったら、君のいい相手になってたんじゃないですかって事です」
「……ああー!たしかに!!いいねぇそれ!」
能天気にかまされる合いの手に、骸は全身が脱力するのを感じた。
……判ってない、絶対。
第一、世話焼きと世話焼かれで恋人が成り立つのであれば、性別など関係ない。



「じゃあまた、ツナ君」
「うん、また明日ね骸さん〜!」
元気に手を振って帰っていくツナの後姿をなるべくひそかに見ながら、骸はため息をついた。
自分の位置というのは、そこらへんの異性よりずっと近しい位置にいる。同性の中でさえもだ。
恋愛がピンとこないという彼女に自分の本気を告げたら、どう反応するだろうか?
本当は伝えたい。
でも伝えたら、終わりのような気がする。

ときに全てを壊したくなる。
いっそのことお互いの関係が修復不可能なほど壊れればいいと思うけれど、
どうせ届かせるのが無理な想いならば、
壊れても壊れなくても同じじゃないのかとも思う。
そんなの、壊すだけ、ただつかれるだけじゃないか。

「ああ…、」
そう、疲れるのだ。

一緒にいるのはとても幸せだ。
相手がいて、自分がいて、相手のことが好きで、
それだけでいいはずなのに。
どうしてこんなにも、幸せと一緒に落胆が襲ってくるんだろう。


それでも、まだこの立ち位置でいられるなら、それでよかった。






<続>
つぎ |

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