看護学生パラレル

  採血技術演習  



看護学生二年(四年制)の綱吉は、今までにないくらい緊張の日を迎えていた。
今日まで腕のモデルを使って練習していたが、今日は実際に学生同士でペアを組んで実地の採血演習の技術チェックの日なのである。
一部のミスも見逃さないという教師の目が光る中で針を刺したり抜いたりするのは、只でさえとんでもなく緊張する。
それなのに、それに加えて、綱吉のペアはあの骸なのだった。
技術面や学業面では申し分ない成績と実力を誇っているのに、性格に大分難がある。
ということを、同じ演習グループになって初めて知った。
とにかく、やたら綱吉に構ってくるのである。しかも、いじめのような方向性で。
清拭の演習のときも洗髪の演習のときも車椅子への移乗動作演習のときも食事介助の演習のときも、とにかく色んなところでひたすら綱吉とペアになって演習である。
そのたびに色々と恥ずかしい思いをさせられていて、大変な目にあっているのだがそれはまた次に話すとする。
こっちのミスは細かく指摘しまくるからいつまでも演習は終わらないし、逆にあちらが演習する側になったときはやたらと凝ったことをしたり「そこまでしなくても」みたいなことをしたりする。あまつさえ、変態的な発言まで飛び出す始末だ。
更に技術チェックの練習では、自分自身の練習はほとんどしないくせに人(綱吉)に難癖やちょっかいをかけてばかりいる。何のために足しげく実習室に彼が来ているのか、綱吉には本気で意味がわからなかった。
とにかく毎回何かしら大変な目に遭わされるのである。楽しそうな骸を見ながら、奴は絶対にサドだと、いつもうらみがましい思いを抱いている綱吉である。



じゃんけんの結果、先に採血技術チェックを受けるのは綱吉となった。
チェックはただ単に技術のみを見るわけではなく、多くは生徒同士で患者−看護師役割をとって実際の病棟でどうするべきかシミュレーション(訓練)を行う意味合いで、患者への接し方や声かけの仕方も同時にチェックされる。
つまり、大きい子版の看護師さんごっこのようなものである。伴う緊張感は並のものではないが。
ベッドに横になっている骸のもとに、必要物品をワゴンに乗せた綱吉がやっていく。
「失礼します」
「どうぞ」
「六道さんおはようございます、(えっと。)今日は貧血の具合がよくなっているか見るために、採血をさせていただきたいのですがよろしいですか?」
「嫌です」
(えー?!)
普通、ここの流れでつまる事はない。学生同士、やはり一番のメインは技術チェックなので、されるほうの生徒はする相手がやりやすいように、「ハイハイ何でもどうぞ」と言いなりになってくれる患者を演じるのが普通だった。
だのに、この六道患者はいきなり流れを切るという。
(困った患者だな!)
「え……、っと、採血自体はすぐ終わるんですけども、どうされましたか、ご気分でも悪いですか」
流れを切る相手の言葉を無視してもいいのだが、何とか綱吉はアドリブをきかせようとがんばってみた。
すると。
「そうですね。だって僕痛いのイヤなんですもん」
いい年した男が「もん」とか言うなよ!!しかもなんだその理由!などと胸中で激しく突っ込みながらも、綱吉は笑顔をヒクつかせた。
「あ…、そうなんですかぁ。でも何とか頑張ってすぐ、あまり痛くないように終わらせるように頑張りますので」
「何をどう頑張るつもりなんですか。この前も痛かったじゃないですか」
(「この前」って何だよその設定!!勝手に作んなよ!くそ…っ、だったら…)
「そ…っ、それはすみませんでした。でも、六道さん、随分赤血球の値が下がっていたのでちょっと今日あたりチェックしておいたほうがいいですよ。もし今回の採血で痛かったら、次はもっとベテランの先輩にしていただきますので、今回はさせてもらえませんでしょうか」
(これでどうだ!)
いつになく頑張って頭を使ってべらべら喋った綱吉は、満足げに息を吐いて今一度骸を見た。
すると骸は、唇を尖らせて
「もっとかわいく」
と意味のわからないことを口にした。
「は?」
一瞬、素で聞き返してしまったが、気にする余裕もなく綱吉は骸を凝視していた。
「ですから、もっと可愛くお願いしてくれたらさせてあげてもいいですよ」
(何言ってんだよ骸さん!!俺だって好きで採血しに来てるわけじゃないよ、だったらもう俺採血しないよ!!)
と、ものすごく言ってしまいたかったが、これは技術チェックである。やらないわけにはいかない。
(ってか、なんでさっきから先生は何も言わないんだよ…)
うんざりしながらチラと先生のほうを見たら、あらあらこんな患者さんがいたら困るわねみたいな感じで、チェックシート片手にどことなく楽しそうになりゆきを見守っている姿があった。
いやいや。ほんと今現在困ってるんですよ。
というかいつまでこんな技術チェックにも入っていない状態で骸はひっぱるつもりなのだろうか。こんな状態がダラダラと続いたら、せっかく頭に叩き込んだ台詞とか注意事項とか手順が、飛んでしまいそうである。
そんなので再チェックとか、正直冗談じゃない。
綱吉は、くそーとぎゅっと目を瞑ってから、腹をくくった。
に、にへら、と引き攣り気味に笑ってから、首を傾げる。
「え、えっと、六道さん、おねがいですから採血させてくださいっ」
(ヒー俺今最高にきもちわるいよー!!)
両手を組んでおねがいするこの状況に泣きそうになる。
そんな嫌がる綱吉を骸は幾分ニヤついて眺めてから、
「まぁ、いいでしょう」
と何様かと思うようなゴーサインを出した。
「あ…ッ、ありがとうございマス…」
(何それ!何ソレ!!!その「仕方なしですよ」みたいなイヤイヤゴーサイン!お前がやれっていうから俺はムリしてやったんだぞ!!)
言葉と激しく違う内心を抱きながら、綱吉は準備をはじめた。


「失礼しますね」
「失礼しないでください」
「ああすみません、じゃあ採血のための血管を探したいんで腕を触らせてもらっていいですか」
「触らせてくださいなんて随分積極的じゃないですか。僕の白い腕に指を這わせるなんて卑猥ですね看護師さん」
(どっちが!!!!)
と突っ込みたくても突っ込めない綱吉は、アハハと乾いた笑いを漏らしながら触ることしかできなかった。
小学生のようなやりとりを仕掛けてくるくせに、無駄に中身はアダルティである。
露出した骸の片腕に手を添えて、標的の静脈を探す。モデルは一定の場所にしか静脈がないので、生身の人間でやるとなるとまだ慣れていない綱吉はすぐに見つけることができない。
しかも、卑猥とかいわれたあとで触っているこの状況が正直やりにくくてたまらない。軽く指を血管にあてるのすら気分的にイヤである。
「遅いですねぇ、ほんとにちゃんとできるんですかぁ?そんな羽みたいに触ってちゃ判るもんも判らないですよ。ほら、もっとひそんだ血管をねぶりだすように触らないと駄目じゃないですか」
先ほどからこの患者は口数が多すぎる。小姑のようだ。しかもこれは完璧にセクハラである。性的いやがらせというか、イビリである。
「はい、大丈夫ですよ、わかりましたから」
笑みを顔にはりつけながら駆血帯を巻く。こんな患者がいたら本当どうしようかな。と、遠い頭で考えながら。
「じゃあ親指内側にして握ってくださいね、消毒しますからちょっとヒヤっとしますよ」
「ああつめたいっ、もっとやさしくして下さいよ」
いちいち文句をいう患者である。気が散って仕方が無い。
「ああ、すみませんね、」
怒張してきた標的血管の上を消毒し、注射器を手に取る。
ふーー、とひそかに息を吐き、真剣に血管を見つめる。
「じゃ、じゃあ、いきますね」
「ええ、そのぶっといので僕の中にねじこむように入れるんですね。痛いのはイヤですからね、気持ちよくしてくださいよ」
「もう!だから!おねがいですから!色々ほんとムリですから!!そういうこと言わないでください!!!」
とうとう耐え切れず半泣きになりながら綱吉が叫ぶと、骸は「クフフ」と楽しそうに笑ってから口をつぐんだ。にやにやしながら。
気を取り直して、針をあてる。刺入角度、刺入深度を間違えないように…慎重に、けどなるべくスムーズに。
極めて冷静な視線で骸が刺入部を見つめていた。技術面で優れている彼に手技を見られるのは、先生に見られるのと同じくらい緊張する。針を扱う指先が、震えそうになる。
刺入したらすかさず真空管をあてて、血液を吸引する。真空管の中が、骸の暗くて赤い血で埋まっていく。
(あーー…、この人にも、赤い血とかが流れてるんだなぁ…)
なかなかひどいことを考えながら、駆血帯を外してから採血管と針を抜いた。
「はい、ありがとうございました…気分悪かったりしませんか?」
「ええ、なかなか気持ちよくて興奮しましたよ」
(もういやーー!!)
口元を泣きそうにゆがませながら、綱吉は後片付けをした。



続けて、骸の技術チェックに移った。
「失礼しますね」と病室に入ってくるそぶりをする骸に、綱吉はさっきの仕返しをしてみようかと思ったが、はやく終わらせてもらいたかったのでおとなしく「はい」と言っておいた。
そのせいか、患者確認や説明といったことは極めてスムーズに進んだ。面白くなさそうな顔をする骸を尻目に、綱吉はホッとしていた。
(そうだよな、考えてみれば骸さんは、ほとんど練習してなかったけど、何だかんだいって手際とかはいいし)
このまま、さっさと採血が済んでくれるだろう(しかもおそらく技術的なトラブルは無い)と思うと、このときばっかりは相手が骸でよかったかもしれないとチラッと思った。
血管を探すために準備を整え、ベッドサイドに座る骸を安心しきった様子で眺める。一ヶ月前ぐらいは針を刺されるのなんて技術チェックとはいえ嫌だ!と憂鬱だったが、今は別にいいかななんて思えるようになっていた。
「…じゃあ、腕のほう失礼いたしますね」
「はい……っ、って…ッ、!」
無造作に差し出した腕のやわらかな内側を、まるで下から撫で上げるように触られた感触に、思わずゾワゾワとした鳥肌が背筋を駆け上った。
(な…っ、今の…)
ただ触られただけなのに、思わず変な声を出してしまった自分を恥ずかしく思いながら骸を見ると、彼は口角を上げて目を弓なりにしならせていた。
「おやおや。どうしましたか?気分でも優れませんか」
実に楽しそうにくつくつと笑いながら、先ほどと同じように腕の内側を撫で上げる。
血管など先ほどとうにアタリをつけていたのに、それとは明らかに意図の違うような触り方にゾワゾワする。
「そ…っ、」
(そのヘンな触り方、やめてください……!!)
「フフ……、実にいい血管ですね…わかりやすくて、弾力があって、拍動もちゃんと規則的で強くて、触ってると心地がいい…」
言いながら思うままに血管やその周辺を指で弄る。ぐりぐり潰すような動きや撫で擦るような指の動きに背筋が震える。
(イ…、イヤだーっ!なんか、血管つぶされそう!!)
蒼白になりながらカタカタ震えていると、少し顔を近づけて、相変わらず血管を撫でながら教員には聞こえない声量で骸が囁いた。
「ねぇ綱吉君、今すぐこの元気そうな血管に針を侵入させて血を啜りとってあげますからね…」
(い、嫌ーーーーッ!!!!たすけて!!)
骸の口にしていることは要するに単に採血のことなのだけれども、とにかく言い回しがエグい。あと腕を撫ですぎである。
だが綱吉が助けを求める前に、あっという間に骸は駆血帯を巻いて消毒を済ませ、注射針を手にしていた。
その間も、いかがわしい笑みを浮かべながらいかがわしい言葉を囁きたい放題である。
「ああ…、こんなに張り詰めて…このままじゃつらいでしょうに……」
(別の意味で!!!)
「今綱吉君の血管を突き抜けさせたらどうなるんでしょうね、君は恐怖に震えて泣くんでしょうか…それも悪くないですね…いっそのこと筋肉注射の練習でもしましょうか。奥まで突かれて痛みに目を見開く様は、さぞかし扇情的でしょうね」
要するに45度とか90度の角度で刺しましょうかという事である。冗談じゃない。そんな事をしたら確実に血管を針が突き抜ける。しかもこの男ならば、血管以外の組織ではなく狙って血管を貫通させることができるだろう。
「そこまでしなくても、少し外したり止血がおろそかだと内出血しますよね…、大きな青アザを作った君の、その青アザを押したり撫でたりするたびに、君は痛みを耐えるように顔をしかめるんですよね…ああ、それもゾクゾクしますね」
(い、いやだ……!!)
冗談じゃない。冗談じゃない!
骸の表情がなまじ本気だしもしかしたらやりかねないので、綱吉は恐ろしくて仕方がなかった。
この猟奇的な男の傍にいると、そのうち本気で自分はどうにかされるんじゃないかと思えてくる。
「……あの、おねがいですから、ちゃんと、ふつうに、おねがいです、むくろさん、怖いから、おねがい…」
蚊のような声を震わせながら、涙目になりながらも必死に首を横に振って懇願する。
生きてかえりたい。今日生きてお家に帰りたい。
そんなところまで考えが飛んでいた綱吉は、必死だった。
「…ああ、そうそう、そういうお願いは僕好みですよ…そういうのを聞くと、もっとその顔を歪ませたくなる」
満足そうに目を細めながら、そっと綱吉の頬を撫でる。
(逆効果ー?!)
ビクリと肩を震わせる綱吉にクスクスと笑いを漏らすと、音もなく注射針の先をあてがった。
「じゃあお望み通り…ちゃんと見てるんですよ、挿れられるところ」
目を逸らそうとした綱吉に釘をさす。だが綱吉自身も、目を逸らそうとして逸らせなかった。
刺入して針先を侵入、指先の痺れを確認後、固定して真空管で血液を採取、採取後は駆血帯を外して針と管も外す、という一連の動作が実に美しく、滑らかだったからである。
しかもほとんど痛くなかった。
(すご…、)
未だモタつく綱吉からしてみれば、それこそ目を瞠るような流れ動作。
「はい、ありがとうございました。ご気分は悪くありませんか」
「はい……あ、ありがとうございました」
「おやおや、お礼を返されるとは」
ちゃっちゃと針等の処理をしながらクフフと骸が笑った。が、本当にさっきの動作はびっくりするぐらい上手で、見れてよかったと思ったのだ。
「練習を見てほしければまたいつでも見ますよ。実習室が閉まるまで付き合います」
「えッ、それって俺が再チェックになるってことですか」
「君いくつか留意事項を誤ったり忘れたりしていたでしょう。あやしいところですが、多分再チェックですよ」
「そんな……!!!!」



その後骸の言った通り綱吉は再チェックにひっかかり、色んな意味で泣きそうになりながら(時には半泣きになりながら)骸と仲良く放課後練習したという。







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