ゆりむくつな

  帰校  



かんたん設定:
二人とも女子高生
白寄り??の骸 ちょっと恥ずかしい変な人(いつもとは違う意味で)



委員会が終わって教室に戻ってきた骸が目にしたのは、
オレンジの夕日を受けながら机に突っ伏してすぅすぅ眠るツナの姿だった。

教室は日中の騒がしさを忘れたように、がらんとして静まり返っている。
窓の外の校庭から、部活をしている生徒の声がとおく伸びてくる。
ああ、今日もゆるやかに一日が終わろうとしている。


骸は静かな足取りでツナの机へと向かった。
「……、」
(ツナ君)
心の中で名前を呼ぶ。
(僕を待っててくれたんですか?)
微かに甘く痺れるような感情が胸の奥で燈って、くゆる。
いとおしい子。
かわいい子。
ツナの脇に置かれている鞄をそっと撫でて、甘茶の髪を見下ろした。

触れたい。とても触れたい。
そのフワついた髪、まろみを帯びた頬からおとがいから首筋から、指でなぞって、
瞼から睫から羽根のように撫でて、
その華奢な肩をきゅう、と抱きしめたい。
(僕が)
(僕がどれだけ、抑えているかわかりますか)
この子はきっと色々なことを知らない。
自分がどういった気持ちを抱いているかも知らずに、
こんなに、
なついて。

至近距離まで、顔を、かがめる。
この微かにあいた唇に触れることを赦されるなら、
どんな祈りだって神に捧げてもいい。
(僕の全てを君に捧げたら、
僕も君の全てをもらうことができるのだろうか)
髪に手を触れようと中途半端に上げかけたまま、動けずに居る。
起こしてしまったら、こうやってずっと見つめていることは難しい。変に思われる。
起きていても本当は、どうかこの視線に気付かないでほしい。
でも時々振り返ってほしい。
僕に、君をずっと見させて。


随分ながいこと其処に居て、とうとう骸はフワリとツナの頭を撫でた。
「ん…、」と小さく身じろぎしただけで起きる気配がなかったので、そのまましばらく髪を指に絡めて骸はぼうっとしていた。
嗚呼。
これだけでも、こんなにゾクゾクする。

やがてツナの睫が震え、焦点の未だ合わない瞳がうっすら開かれた。
「ん…、ふぁ…、、」
「…おはようございます、ツナ君。待っててくれてありがとう」
少しの寂しさと微かな充足感を感じながら、全ての欲を無理矢理押し流して、骸はかがんで視線をあわせる。
「…ぇ、あ、骸さ…、 ! なっ、ごめっ、戻ってきてたんだ…!」
逆に待たせた…!とアタフタするツナにフフッと笑ってから、骸はツナのぶんの鞄も手にとる。
「大丈夫ですよ、先ほど戻ってきたばかりでしたし、可愛い君の寝顔も見れましたし」
「えっ、あっ、鞄とかいいよ骸さん…!てか寝顔なんか見なくていいから起こせばよかったのに…!」
わたわたしながら追いかけてくるツナを後に、くふふ、と笑いながら骸は「いやですよそんな、勿体無い」ときわめて小さく呟いた。
どうせこの呟きを聞こえるように言ったって言わなくたって、鈍すぎる彼女は気付きゃしないだろうから。
(今は別にそれでいい、
君が鈍いぶん、僕は案外好き勝手言えるんですから)
言ったって言わなくたってちゃんとした形で届いてないのが、すこし寂しいけれど。
そこは、それ。



「帰りにあの新しくできたアイスクリームショップに行きませんか」
「えっ、骸さんから言うなんて珍しいね!行く行く!!」
「今日は少し気分がいいんです。アイスを奢ってあげましょう」
たしかに少々上機嫌らしい骸が出した提案に、ツナは更に顔を輝かせる。
「まじで!?やったー!」
諸手をあげて喜ぶツナに、きらりと目を輝かせながらしかし骸は釘をさす。
「あ、でも僕が選んだアイスを奢りますから」
「え゛。な、何それ、何かヘンなの食べさせる気?」
骸はクフフ、とだけ笑った。
どうせ施すのなら自分のセレクトしたものに相手をうずめたいだけだ。それは結構、気分がいい。
今のところできるのは、どうせこれぐらいなのだ。
「そうですね、僕のとっておきのものを、君に」
「ちょ…ッ、そう言って前もとんでもないの食わせなかった?!既にいやな予感がするんですけど…!」
今回のそれがたとえまったく口にあわなくてツナがギャーギャー半泣きすることになったって、
それはそれで、たのしい。
「君はもう少し大人の味も知るべきですよ、はやく大人になってください、ツナ君」
「いや、大人の味とか関係ないよね、骸さんが金にモノいわせて遊んでるだけだよね」
色んな意味をこめて伝える言葉は、やっぱり今回もちゃんと届かない。ここまでくると、いっそ笑える。
「クハッ、君は人聞きの悪いことを言いますね、それほどの大金を使ってるわけでもなし…、いいから君は僕のあげるものを文句いわずに食べなさいな」
「うぅ……、」
拒否するとグゥの音も出ないほどに色んな攻撃をされるのを知っているので、ツナはろくに跳ね除けることもできずに今回もまた受け入れる。
実際のところ本当にツナが嫌がることは骸はしないので(口直しの食べ物を用意するのも(悪戯のフォローをするのも)骸である)、結局まぁいいかとツナは息をついた。

「ところで、ねぇ、ツナ君」
もう沈みかけてる緋色の空を見ながら、骸が呟く。
「ん、なに?」
「今度、天気のいいお休みの日にどこか日なたぼっこのできるところに行きませんか」
ガラリと変わった話題を不自然に思うこともなく、ツナはウンウンと頷いた。
「いいねそれ。最近気温もちょうどいいもんね」
「ええ、それで、」
「ん?」
珍しく言いよどんでいる様子の骸に、ツナは首を傾げて先を促す。
視線を地面に落としたままで、かすかに骸が顔だけでこちらを向いた。
「膝枕とか、 させてくれませんか」
「………どうぞ?」
きょとんとツナが目を瞬かせる。
な、何だこのひと、珍しい。いつも問答無用っぽい人が、こんなふうに聞いてくるなんて。
「えっ、ていうかいいの、俺が膝枕するとかじゃなくて、骸さんがしてくれるの」
「そうです。何か、猫を膝にのせるみたいにまったりしたいんです」
ま、まったり!
何だか彼女に似合わない言葉に、ツナは目を見開いた。
「わ、わかった」
とりあえず違和感を覚えながらも頷いたツナに、骸はほわっと表情をゆるめた。
「そうですか、ありがとう」
うわ、や、やさしいかお…!!

骸としても、あまりにツナが鈍感とはいえどこまで踏み込んで好き勝手やっていいものか考えあぐねているところがあるのであって。
(とりあえず、大丈夫ですよね、不審に思われてませんよね)
おかしいと相手に思われたらアウトなのだ、でもギリギリで甘い汁だってすすりたい。
少し早くなった鼓動を抑えるかのように、骸は目を閉じた。
元来相手のことなど塵ほども気にしない性質の自分が、これほどまでに慎重になっているのが滑稽で仕方ない。
ああ、でも、これでまた抑えるのが大変になりそうだ。
餌の傍にはいつも強靭な自制心が必要で、いつまでこれがもつものかと他人事のように骸はため息をついた。

相手はそんなこと微塵も知らずに、「そんな顔もできるんじゃん骸さんー」とかきゃらきゃら笑っている。
骸はそんなツナの顔を隠すように、くしゃくしゃっとツナの頭を撫でた。
「人のこと何だと思ってるんですか、君は」
「ぷわっ、だってさぁ!」


まったく。
誰のせいで。


<終>


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