風邪にやられた  



骸さんが、風邪をひいてしまった。お話。

看護学生

※骸さんが、熱でキャラ崩壊が進んでます(珍しい事でもありませんね)



高熱にぼんやりとしながら、骸はベッドの中ではふ、と息をついていた。
いつものスカした様子からは考えられないほど、おとなしく布団の中におさまっている。
(…よ、弱りすぎでしょう僕。こんな姿綱吉君に見せられません…)
しかし生物である以上、内部からのウイルス攻撃にはかなわないというものである。
ちらりと携帯の着信を確認する。特にメールも電話も、着信はなくて、多少心細い気分になった。
大学の事務にしか連絡をしていないから、多分綱吉は自分が風邪をひいていることなど知らないかもしれない。
(…もし綱吉君が、看病にきてくれたりしたら、どんなですかね…)
熱に浮かされたまま、骸の脳内では妄想が何の規制もなしに駆け回る。

*****妄想*****

『む…っ、骸さん…、俺、風邪だって聞いてお見舞いにきたんだ、看病させて』
『ダメです綱吉君、君にうつってしまう』
『そんなの関係ないよ! 俺が看病したいんだ!』
『つっ、綱吉君(ムラムラ)』

「とか…」

『汗いっぱいかいちゃってるじゃん、身体ふくからこっち向いて』
『そっ、そんな、いいです綱吉君』
『よくないよ、ほら、服ぬがすよ?』
『あっ、あぁあっ、そんな、ぬがすだなんて…っ! これはこれで…!』

「とか…」

『俺おかゆ作ってみたんだけど、どうかな、骸さん食べられるかな』
『そっ、そんな、指に絆創膏だなんてお約束すぎて悶えます!』
『何いってるの骸さん? ほら、しんどいでしょ? (ふぅふぅ) はい、あーんして』
『き…っ、君はどこまで僕を煽れば気が済むのか…!!』

『だいじょうぶだよ骸さん、俺が一緒にいるから。ゆっくり寝てていいんだよ。あ、アイスノン替えるね?』
『あ…っ、い、いいんです綱吉君…、もうすこし、このままで…』
『骸さん…、……うん。じゃあ一緒に居よっか』

*****妄想終了*****

「なんて! なんて!! どうしましょう!!」
ギャアアと頭を左右にゴロンゴロン振ってから、気持ち悪さにしばし「ウッ」と動きを止める。
(僕はいつからこんなに馬鹿になったんですかね…)
うっすらと熱の涙でぼやける視界のなか、腑抜けた笑いが口元からこぼれた。

とにかく今は休息をとって一刻も早く治すことが先決である。なんだかんだ言って、元気でなければ彼と会える時間は減るのだから。
そう思ってスゥと目を閉じたとき、ピポピポンというチャイムの音が鳴り響いた。
「……?」
いつもなら無視するはずのそのチャイムが妙に気になって、重たい身体をひきずってモニターを見ると。
「つ、つなよしくん……!!」
今まで盛大に脳内で妄想をしていたその人が、映っていた。


「まさか骸さんが風邪ひくなんてね。びっくりしたよ」
ガサゴソと何か色々入ったドラッグストアの袋を手に提げ、綱吉は肩をすくめた。
「つっ、綱吉君…! まさか看b」「しんどいでしょ? コレ置いたらすぐ出てくから」「いえ!! いてください!!」
えぇえ〜…、と顔をしかめる綱吉にかまわず、骸はニコニコしながら部屋の中に入っていく。
おや、思ったより元気そうだろうかと綱吉が目をまるくしたが、よく見るとフラフラしていてドアに頭なんぞぶつけている。
思わず噴出しそうになるのをぐっとこらえる。こんな骸、普段では絶対に見られない。
しかしその様子が、やはり結構しんどいのだというのを物語っていたので、綱吉はひっそりとひとつため息をついた。
「いいから骸さん、寝てなよ」


意味のわからないテンションでハシャごうとする骸をなんとかなだめて、ベッドにもぐりこませ、綱吉は買ってきたものを骸に見せていた。
「アクエリでしょ、ゼリーに、トローチ、栄養ドリンク、せきどめ、一般的な風邪薬…」
「こ、こんなに綱吉君…! 僕のために…!!」
感動で胸がキュンキュンしてついでに頭もガンガンしだした骸に、綱吉は「ハイ」とレシートを手渡した。
「支払いは後でいいよ」
「は、ハイ…」
キュンキュンが頂点まで高まりそこねた感覚に、骸は軽く脱力する。
(い いえ、別にお金がどうとか思うわけじゃないんですけど…、こう、『む、骸さんのこと心配だったんだからね!』とか、何かそんなん…。そりゃたしかに流石に結構的確なラインナップの商品ですけど、そ、そうじゃなくって…)
打ちひしがれつつ咳をした骸をよそに、とりあえずペットボトルをドンと置いた綱吉は、眉をひそめて骸を見た。
「…っていうか骸さん、病院行った?」
「行ってません ゴホッ
いやそんな威張って言うことじゃないよね? 新型インフルだったらどうすんの」
いぶかしむように視線をやった綱吉に、骸はキリッとした表情をつくる。
「かかってません」
「だからその自信はどっから来るんだ」

はぁあ〜、とため息をつく綱吉の横で、しかし骸はもじもじしている。
「…どったの骸さん」
「…あ、あの、しんどいので、汗かいちゃいましたけど、シャワーは浴びられないなぁ〜…と、思いまして…」
「…そうだね、たしかに。着替えドコ?」
「あっ、あぁあっ、そのクローゼットの引き出しの下から二番目です!」
「ハイハイ」
あまりにもあっさり動いてくれた綱吉に、骸はぱぁあっと顔を輝かせる。
(え?! え、僕、こんなにあっさり幸せをもらっちゃってもいいんですか?! これって身体拭きですか?! 僕全裸にならなくちゃなりませんか?!)
骸の心臓がドコドコ鳴る。ああさっきから熱くて仕方ありませんねぇとばかりに、額の汗をぬぐった。
「確かにすごい汗だね。ここタオルと着替え置いとくから、着替えなよ。俺食べ物しまってくるから」
「そっ、そんなぁあ!!」
「えっ、どうしたの?!」
「…いえ。なんでもありません…」
期待させておいてオトすとは、本当に沢田綱吉とはおそろしい男である。
疲労の色濃く身体を起こして、ノロノロと着替えをはじめる骸だった。


台所のほうで、バタンとかガタンとか音がする。
モソモソと着替えながら、骸はまたしてもあらぬ妄想に心拍数をはやめる結果となる。
(もっ もしやこれは、例のおかゆを作ってくれてるんじゃないですか――?!)
するとタイミングのいいことに、台所のほうから声が聞こえた。
「骸さぁー、おかゆとかって食べれる〜?」
「たっ、食べれますぅー!!」
両手のひらを乙女のように合わせてキラキラ答える骸に、綱吉はドアからヒョイッと顔を覗かせた。
「何味がいい?」
「え?」
そんなリクエストすらも聞いてくれるんですか――と、骸が感動しかけたその時。
「梅とシャケとプレーンと、たまご。色々あるけど」
ずらっと目の前に提示されたのは、たしかに色んな味のお粥。
レトルトの。
レトルトの。
「――――……そうですよね。しかもそれじゃあ指の絆創膏なんて生まれるはずがないですよね」
「えっ? なんだって?」
「いえ………。たまごで」
今は、自分の胃粘膜でもいいから、たまごに優しく包んでほしかった。


「ぬるめにチンしといたから、もう食べられると思うよ」
「ハハ…、本当ですね…、適温だ…」
ふぅふぅイベントすらも鮮やかにスルーされ、自分でレンゲを持って目の前に置かれた粥を咀嚼する。
これはもうアレである。罰ゲームである。
(僕が何をしたっていうんですか…)
風邪をひいてフラフラなあげく、期待しまくったイベントはことごとく外され、無力感ばかりに苛まれる。
なんだかだるさが更に増したような気がして、のろのろと骸は粥を食べ終わった。


「じゃ、俺帰るから。ちゃんと寝てよ骸さん」
「い、いやだ!!」
「何言ってんだ、寝ろって!!」
綱吉の服の裾を大の男ががしぃっとつかんで、泣きそうな顔で首を横にブンブン振っている。
「ちょ、ほんと頭大丈夫か?!」
「大丈夫です! 大丈夫なのに〜〜!!」
いやですいやですと、往生際の悪い駄々っ子のように首を横に振ってベッドにおさまろうとしない。
ぬぎぎぎ、と離そうとしても、どっからそんな力が出てくるのか剥がれない。
「ちょ、寝ろってお前ホントにーー!」
「いーやーでーすー!! 寝たら綱吉君帰っちゃうじゃないですかあ!」
「寝なくても帰るよ!」
「なお駄目です!!」
自分がいたらいつまでたっても起きてるんじゃなかろうかと懸念した綱吉は、休息が必要な病人のとこにあまり長居するものではないと帰ろうとしたのに、いつまでたっても離してくれない。
「も〜〜〜ッ、ばかっ!!」
きかん子の骸に、綱吉はぶるぶる身体をふるわせて、骸の肩あたりをぺちっと叩いた。
きょとんとして動きのとまった骸のベッドサイドに、ぼすんと綱吉は座る。
「わかったから、居るからちゃんと寝ろよな!」
ぽかんとしたまま骸は、モソモソと布団の中におさまりなおした。
「なんだよ俺、ずっとここに居て何すればいんだよ」と、ぶつぶつ漏らす綱吉に、ぽそりと骸はさらなるお願いを呟く。
「そ そいね してください」
「へっ?!」
そそそ、とスペースをあけて、空いたスペースをぽんぽんと骸は叩いた。
「こ ここに」
「な…ッ、」
かぁっと顔を赤くして、綱吉は首をブンブン横に振る。
「そっ、そんなことしなくたって寝れるだろ!」
「寝れないー。 寝れないですー。 じゃないとほら、綱吉君途中で帰っちゃうかもしれないじゃないですか。不安でぼく寝れません」
「なっ…、なに言ってんだよ、ちゃんと居るってば!」
「……だめです、いつまでも僕眠れません」
じとっとした視線で見られ、「う〜〜!!」と綱吉は声にならないうめき声を発する。
「〜〜知らないからな! 俺が風邪ひいたら骸さんに全部家事やらせて、試験対策プリントとかも全部作ってもらうからな!」
「します。つくります。っていうかそれ結構僕いっつもしてるんですけど」
「うるさーーいっ!! はやく寝ろったら骸さん!」
言い捨てるように言葉を放り投げて、綱吉はばふんと布団におさまった。
もう顔が赤いのは、今風邪が伝染ったからではなさそう。な、感じ。
「こっち向いてくれないんですかぁ」
「だっ、大の男だぞ?! どんだけ距離近いと思ってんだよ! これで我慢しろよ!」
ぽんぽん放り投げられる暴言とそっけない後姿に、しかしその耳が赤いのとか、隅っこでいつのまにか畳まれた洗濯物とか、いつのまにか持ってこられてたアイスノンとかに、思わず骸はほぁっと笑った。

なんだかんだで、折れてくれちゃうんですよねぇ。ほんとに、甘いんですから。


ちら、と盗み見てしまった骸の柔和な表情に、綱吉が頬を染めて小さく息をのんだのは、誰も知らない。




<おわり>

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