インソムニア  



 最近綱吉は寝不足だった。
よく、このアパート周辺に不審者が出るらしい。人によっては、家の中に入られてモノを取られたりした人もいたらしい。
大学に入ってから一人暮らしをはじめたが、そういう泥棒の類が恐くないといえばウソになる。
が、綱吉の寝不足はその件とは関係なく、夜中にいきなり最近やってくる別目的の不審者のためであった。


 仰向けにベッドに寝る綱吉の視界を遮るかのように、天井をバックに(ただ見るだけであるならば)秀麗な顔をした例の不審者が物憂げにこちらを見つめていた。
「寝れないんですよね。僕」
「そりゃあこんな夜中に元気に人ん家に不法侵入してたら寝れないよね!」
ベッドに押さえつけられ、手足を縫いとめられたような状態でヤケクソのように綱吉は声を上げた。
泥棒のほうがまだ可愛げがあると思った。
「ほら、君の事考えると興奮して。寝れないんですよ。君のせいですから責任とってもらわないと」
「意味わかんないよ、そんなの俺が知るかよ!!あーーもう(骸さんが俺の事考えて興奮しながらひとりでするなんて正直寒くて)考えたくないけど一人でスればいいじゃん!!」
「はぁ?君が近くにいるのに何で一人でしなきゃならないんですか。寝言は寝てから言ってください」
「じゃあ寝かせろよ!!」
 あまりにジャ○アン、あまりに横暴な骸の理論に、体力を消耗するツッコミを入れずにはいられなかった。
この、「僕が法律ですが何か?」みたいな男に対抗するのには非常に労力が要る上に、必死の対抗もたいして伝わらず無力感を感じることも多い。
 更に始末の悪いことに、色々たいそうなことを口にしておきながらこの男には、何処かしら危うげなところがあるような気がしてならない。
だから綱吉は、彼が「寝れない」と言うのもあながち間違いではないのかも、と思い、少し情が湧いてしまうのである。
骸は何かに困っているような気がする、だがそれが何から来るものかわからずずっと気になっている。
 もしかしたら本当に困っているかもしれないから、寝れないってのはそのサインかもしれないから、自分が少しでも助けられるんなら力になってやってもいいかな、とか…。ぬるいことを考えてしまう、相手を見捨てることが出来ないのが綱吉という人間だった。
「いやです。こうしたら寝られますから、それまで付き合ってください」
幼児のようなことを喋りながら顔をこちらに下げてくる骸に、綱吉は何ともいえない苦笑を漏らしそうになった。
(…なんて顔、してるんだよ…)
気付いているのだろうか、骸本人は。
泣きそうな、縋るような必死な目をしていることに。

 かくして今夜も、綱吉は骸の横行に流されるのだった。




「ふぅ……ッ、んぅ」
 息すら奪われるような、咬み付くようなキス。
こうやって夜に忍び込んでくるときはいつも、普段からは考えられないほど余裕のない抱き方をする。
ぎゅっと閉じていた目をふいに開けると、情欲に濡れた目が縋るようにこちらに向けられていて、たまらず再び目を閉じた。

「綱吉君…、綱吉君…、」
息を弾ませて、うわ言のように綱吉の名前を繰り返しながら、おとがいから首筋に音をたてて唇を落としていく。
「ちょ…っ、むくろさ…、首はやめて、アト残る…っ」
綱吉が言い終わらないうちに、ピリとした刺激が首筋に走った。
「あ…っ!ちょ、残っちゃうじゃないですか…!」
綱吉の抗議をものともせず、その鬱血に愛おしそうに舌を這わせながら、骸は目をしならせる。
「知りません」
首筋にゆるく歯を立て、甘噛みするように急所を食む。
ゾワリとしたものを感じ、ひゅ、と綱吉が息を呑む。
「僕が今…、歯に力を入れたら、君の血液が出てくるんですよね…君のいのちが」
言いながら、じわり、じわりとゆるく歯に力を加えていく。
「どんなに甘美なんでしょうね…、」
恍惚とした声音で呟かれるそれに、綱吉は身体を震わせた。
…咬まれる。この男なら、本当に血が出てくるまでやりかねない。のみならず、啜りかねない。
ふいに恐怖を感じて、思わず骸の肩に制止の手を乗せた。
「だ…、やめて……」
視線だけを上に向ける骸に、震える声で告げる。
クふ。
小さく吐息が漏れた。骸が笑った音だった。
「心配しなくても…別に噛み千切ったりなんかしませんよ」
ソロリと耳元に唇を持ってくる。
「咥えている瞬間が一番、楽しいんですからね」
すぐ近くで、吐息と共に低い声音で囁かれて、びくびくと綱吉は背筋を震わせた。
なにが、とか、なにを、とか、少し恐くて聞けなかった。



ぢゅ、にちゅ、と耳を覆いたくなるような水音が室内に響く。
既に何回か骸の手によって達かされた綱吉の腹部は、自身の放った精液にまみれていた。
一回達しても間髪入れずに続けて刺激を送られていたため、身体が休まる暇がない。
抵抗などとうに出来ていない綱吉は、ただ脳まで走るような快感にビクン、ビクンと身体を震わせるばかりだった。
ひっきりなしに荒い呼吸を続けている中で、綱吉は絞るように声を出した。
「も、いいかげん……、むくろさん…」
終わらせてください…、という言葉は、尽きて声にならなかった。
「もうですか…?もう少し楽しませてくださいよ」
言いながら、綱吉の先端の窪みに親指の腹を擦りつけるようにして弄る。
既にアナルに入っている三本の指が、めちゃくちゃに前立腺を擦りあげる。
「ぃひぃ…ッ!!」
眩暈がするような強い快感に、ガクガクン、と綱吉が身体を跳ねさせた瞬間、先ほどよりも弱々しく精液が飛び散った。
この後更にすることが待っているというのに、これ以上遊ばれては身が持たない。
荒く息をつきながら、強制的な興奮による涙で歪む視界を骸に向ける。
骸の腕を震える指でつかんで、カラカラに乾燥した喉で唾液をゴク、と嚥下してから懇願した。
「おねがい…、だから…、もう、ほんと、これいじょ、駄目になる、から、」
骸は軽く目を見開いてしばらく静止した後、「っクハ!!」と笑った。
ズル、とアナルから引き抜かれた指に、「はァうッ!」と綱吉は喉を反らせた。
「――いいですよ、君がそんなに言うなら、応えないわけにはいきませんよね」
未だくつくつと笑いを零しながら、骸はその身をひたりと綱吉に寄せた。
陶磁器のように滑らかな肌が、綱吉の唾液と精液まみれの肌に擦れてゾワリと皮膚が粟立つ。
両足の間に足を割りいれながら、入れてもいないのに行為の最中のように身体をグラインドさせて擦りつける。
動物のマーキングのようだと、ともすればバラバラに離れていきそうな意識の中で思った。あなたは、僕のものだと。刷り込まれているような気がして。頭が。
「君、自分がどういうことを口走っているか分かってますか?」
浅くあがってきた呼吸とともに、笑いをこらえているような声で耳元で骸が囁く。


――ひどい淫乱みたいに聴こえますよ。


その瞬間、はちきれそうに熱い質量を持った陰茎がいきなり綱吉の奥を穿った。
「いイイ…ッ!!!」
慣らしていたとはいえ突然の挿入に、痛みと緊張で綱吉の身体が強張る。
限界まで見開いた目からは、ぼろりと涙が零れていた。
「っクふ、力、抜いてくれないと、無理をしますよ」
うそだ。既に無理させてるくせに。
未だ根元まで入りきってない陰茎が、ギチギチと入り口を無理矢理広げている。
くるしい。くるしい。
あくあくと、声にならない声を発して口を開きながら綱吉が天井に顔を向けていると、ふいに陰茎に手が伸ばされた。
「ほら、前も言ったじゃないですか。口から息を吐きなさい、って」
裏スジを擦りあげられるように撫でられると、「あハァ…っ!」と声が漏れると同時に吐息が漏れた。
力が抜けると同時に、ズルリと骸のそれを綱吉が呑み込んだ。
「んあァ……ッ!!あぅ…っ、っく」
っは、っは、と息を整えようとしていたら、更に根元までねじこむように骸が小刻みに動かした。
「あぅ、あっ、まだっ、まだヤ…ッ!」
骸の動きを抑えようと、綱吉は必死で手を伸ばす。
その腕は、骸の手によって再びシーツへ縫いとめられた。
中にいる陰茎が、ズルズルとゆっくり引き抜かれる。ゾワゾワゾワ、と背筋を這い上がるような感覚に、綱吉は背筋を反らす。
「嘘はいけません…よっ!」
ギリギリまで引き抜かれたと思った瞬間、なぞり上げるように感じるポイントを強く突き上げられた。
「ヒぃあッ!!」
大腿の裏まで快感が走るような感覚に、綱吉は身体を跳ねさせる。
反射のようにビクンビクンと跳ねる身体を、制御などできるはずもなかった。
「つ、辛…!おかし…、だめ…、ひぁああ、」
うわごとのように制止の言葉を呟く綱吉に構わず、骸は大きなグラインドを幾度も続ける。
「っああ…、クはは…っ、イイですよ…、滑りもよくなってきた…」
うわずった声で骸が笑う。揺さぶられる視界の中で見た骸の表情は、悦楽で歪んでいた。
普段冷たい印象すら受ける彼の、興奮にうわずるような顔や声は、こういったときしか見たことがなかった。
ぐちゃぐちゃに溶けた快楽。歪んだ悦楽。魂までも犯されるような。
それを感じて綱吉の意識も瓦解していく。
快楽に蕩けていく脳は、もはやひとかけらの理性も手に残さなかった。
じゅぷ、ずちゅ、ずるっ、
まるで肉食獣が獲物を捕食しているような音が、綱吉の聴覚を犯す。
「あ、はァっ、ひィ…!」
脳すべてが快感に搾り取られていくような、痺れるような感覚が綱吉の全身を襲う。
もう視界に何が見えているのかわからない。
室内に荒く響く息が、どちらのものなのかもわからない。
徐々に挿入の間隔が短くなるにつれて、指の先まで甘く、痛く痺れるような快感が限界まで高まってくる。
「きもひ…ッ、ぃはぁ…っ」
おかしくなりそうなぐらい限界が高まって、ぶるぶる震えてその快感に耐えていたが、ずぢゅぅ、と前立腺を強く擦りあげられた瞬間、
「あ゛ーーーッ…!!!」
綱吉は、息が止まりそうな快感の中でどろりと白濁の液を陰茎から垂れ流していた。
「……ッく、」
筋緊張によってぎゅう、と締められると、小さな吐息とともにビュクビュクと熱い迸りが綱吉の中に注がれた。
「あ…っ、ああ…っ、だし、出したら…」
そこで出されたら、後始末をするのが大変なのにと泣きそうな視線を骸に送ると、骸は興奮したままの顔を笑みに歪めて更に腰を進めた。
「僕のはすべて、君のものだし、君のもすべて、僕のものだ」
その言葉の意味を綱吉が考えようとしたが、続けられる抽挿に、全て流されていった。
グッグッと、最後の残滓までも震える綱吉の中に注ぎ込むような動きに、「ぃあ、ぁあ、」と断続的な声が漏れる。
やがて全て注ぎ終わり、ずるりと抜かれて背筋を震わせるまで、繋がりが解かれることはなかった。







さっきの情欲にまみれたやりとりが嘘のように、骸の寝顔は安らかだった。
「ったく…何でこんな浄化されたような顔して寝てるんだよこの人…」
先ほどの出来事を思い出したらひどく恥ずかしくなってきたので、その恥ずかしさを吐き捨てるように綱吉は文句を吐いた。
(ほんとに不眠症なのかよ?!)
あまりにすやすやと眠る横の相手に、ツッコミを入れずにはいられない。
しばらく頭の中でツッコミやら悪態やらをつき続けていたのだが、やがて馬鹿らしくなってきて綱吉は布団の中に身体を改めて落ち着けた。
なんだか腹の中がこぷ、と音を立てているような気分が悪いような気がしたが、急激に眠くなってきたので明日の朝処理することにする。
自分の枕は骸にとられたので、もうひとつ持っている予備の枕を持ってきてぱふん、と頭を落ち着けると、今度は布団が取られていった。
骸が自分だけ布団をまきこんだため、綱吉のぶんがほとんど残らなくなったのである。
「ちょ…っ、お前なぁ!どんだけ俺様なんだよ!」
それでも相手を起こさないように小さな声で呟いてから、綱吉は布団を引っ張り返しながら骸のほうへと仕方なく身を寄せた。
あたたかい。
抱かれている時よりも、こうやって何気なく身をくっつけて暖かさを感じているときのほうが、骸を身近に感じることができる。
あぁこのひとも人間なんだな、人の子なんだな、と思うことがある。
(骸さんは…、一体…)
何を満たそうとして、自分のところにやってくるのだろうか。
魂まで縋るような最中のあの目や、意味深な言動や、色々。
(何で骸さんは寝れないんだろう。何で今は寝れてるんだろう。本当にこれで、いいのかな?)
ちらりと、骸のほうを見やる。規則的な深い呼吸と胸の上下は、たしかに眠っていることを示していた。
普段の含みのある表情からは考えられないくらい、あどけない寝顔で眠っている。
よく悪夢を見ると言っていたが、今は大丈夫なんだろうか。
…大丈夫そうだ。何となく。
(まぁ…、いいか、今んところは…)
疑問な点は色々あったが、綱吉もいいかげん眠くなってきていた。
骸に触れているところが湯たんぽのようにあったかく、その熱がじんわりと自分の身体をつつんで眠りに誘っていく。
とりあえず明日は朝と昼ごはんぐらい奢ってもらわないと、けれどそういうのを奢るとなると骸は二人でどこかに行きたがるのでそれはそれでちょっとうざいなぁ、というところまで考えて、綱吉は意識を手放した。

ちなみに翌日、爽やか過ぎてうざったいほどにピンピンしている絶好調な骸の隣で、睡眠不足で死にそうだった綱吉はせっかく奢ってもらった高いランチもろくろく楽しめなかったそうである。



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