同居パラレル
IH非対応フライパン
「もし二人が同居しだしたら、話」
友人同士?よくわからない
THE/三/名様ぐらいの勢いでグダグダです
(元は日記にあげるつもりだったけど、日記に長杉とかいわれたのでこっちにしました)
住み始めは、いろいろとトラブルがつくものだ。
ピッピッピッピッと、イラついたようなボタンを押す音が台所から聞こえていた。
「ちょっと綱吉君!」
「今度は何!!」
やれシャワーのノズルがどうやっても好きな向きにならないだの、水漏れを起こしているだの、カードキーがちゃんと使えないだの文句ばかり垂れていた骸に、綱吉はうんざり気味であった。
「この電磁調理器おかしいですよ」
見ると、IHクッキングヒーターの上にフライパンを乗せ、その前に仁王立ちして腕組みまでしている骸の姿があった。
ご立腹にもほどがある。
「え?どうしたの」
近寄ると、ビシィとヒーターを指差した。
「どうやっても加熱してくれません」
「えぇー…?」
だってお湯はふつうに沸かせてたじゃん、と眉を下げる。
「おかしいです。こうやって電源入れるでしょう」
ぴっ、と加熱のボタンも押す。何か音もする。が。
「…フライパン、何にもなんないね」
フライパンの中の材料とか油とかが、まったくの無言である。
「しかもずっとランプが点滅しているんです。どういう事ですかこれ」
「いや、どういう事ですかって…普通に説明書見ようよ」
説明書どこいったっけなー、とゴソゴソ探す。骸は相変わらず腕を組んでいる。
ぱらぱら説明書をめくりながら再びヒーターの前に戻る。骸がぎゃーぎゃー言って綱吉が動くのはすでに慣れっこである。よくパシられてたし、学生の頃も。
「えっとね………、あ、もしかしてコレじゃない?"12cm以下のフライパンではまず加熱してくれません"」
「何ですって!!」
綱吉が説明文を読み上げた瞬間、ものすごい衝撃を受けたような様子で骸は目を見開いた。
綱吉は軽く体を引かせた。次にくる文句の衝撃波を緩和させるためである。
「12cm以上ないと料理もさせないというのか!それじゃあただの板じゃないですかこんなの!」
「確かに…まぁ…、荷物重たいから小さいフライパンしか持ってきてないもんね…コレ使えなかったら痛いね」
無駄だと思いながらも再度電源と加熱ボタンを押してみる。ランプは点滅するばっかりで、一向に加熱されない。
やがてランプは消えた。「無理です」のサインである。
「…わかりました、仕方ないから後でフライパンを買いにいきましょう」
「そうだね。なんも作れないもんね」
骸が渋々材料にラップをかけだす。綱吉も手伝いながら、頭の裏で(あ…、じゃあいつも無理やりパスタを茹でてるあのちっちゃい雪平鍋も使えないかな…)とうすぼんやり思っていた。
近場のデパートにある調理器具コーナーで、骸はため息をついた。
「何の変哲も無いただのフライパンに、まぁいい値段がついてますね」
本来なら買う必要のないフライパンを買うのである。出費の馬鹿馬鹿しさ加減に、すでに骸の顔の角度は斜めである。
「わざわざ声に出して言わなくても…たしかにテンション下がる気持ちはわかるけどさ」
そこかしこに置かれてある(ムダにディスプレイしてある)フライパンたちを物色する。さっさと手ごろな値段のフライパンを買って帰りたいところである。
少々疲れ気味な顔で値札を追っていた綱吉の目が、一点でとまった。
「あ!コレいいんじゃない?いっそのこと」
「どれですか」
綱吉が手にとったフライパンを、骸が覗き込む。
1000円以下。ほかのと比べてあまりにも安い。
「ああ、いいんじゃないですか。22cmですしね」
あまりにやる気のない声に軽く笑いそうになる。テンション下がりきってるはずなのに、しっかり買い物についてきて取り合えずコメントするところは、骸の妙に律儀なところである。
じゃあコレで、といった感じでレジに向かう。
フライパンを差し出したところで、レジのおばちゃんが伺ってきた。
「あの、これIH対応じゃございませんがよろしかったでしょうか?」
「えっ?」
「………」
ということは大きさがあっても家の電気コンロでは無理ということか。
道理で。破格の訳がわかった。
横の骸を見ようとすると、既にスタスタと先ほどのフライパン片手に骸は売り場に戻っていっていた。
「あっ、あの、IH対応のに替えてきますね!」
それだけおばちゃんに告げて、小走りで骸を追う。
たどり着く頃には、既にでかでかと"IH対応"と書かれたフライパン片手に骸が戻ってきていた。
「僕は今日、一体何度心の中で"何ですって"を連発したことでしょうね」
食材もついでに買いながら、骸は相変わらず仏頂面だった。
「どれだけ偉いっていうんでしょうね全くIHってやつは。あれも駄目これも駄目、たかだか調理器具の分際で」
「ウン…まぁ…ソウデスネ」
パスタをカゴにほうりこむのを口少なめに見つめる。
こういうときの彼には、何を言っても(たとえ自分が何も関与していなくても)逆効果となることが多い。
だからあまり余計なことは言わない。
(あ)
だが、パスタを見て思い出した。
これだけは言ったほうがいいかもしれない。
「ね、ねぇ骸さん」
「何ですか?」
オリーブの瓶を手にとって眺めている骸(一緒に住み始めて判ったことだが、彼は綱吉から見れば未知の領域的に凝った料理を作る)に、パスタ片手に顔を上げる。
「あの…言いにくいんだけど……今俺らが使ってるパスタ茹でてる鍋もさ、結構小さくない?」
音も色もなく骸が瓶片手に振り向いた。
「…………そうですね」
綱吉の問いかけだけですべてが、いやそれ以上が伝わったようだった。
雪平鍋ってやつは、たとえ大きくてもIHに耐えてくれるんだろうか。と。
「まったくどうかしてますよあの電気コンロは!!ふざけているのか!!」
「いや、別に電気コンロはふざけてないと思うよ」
ハンドルを切りながら極限にプンスカしている骸を尻目に、小さな声で綱吉はつぶやいた。
結局、IH対応フライパンよりお高くとまった値段の雪平鍋しか見つからず、
そもそもIHに使えるかどうかもわからないため馬鹿馬鹿しさが頂点に達し、
鍋など買わぬまま今に至るわけである。
「雪平鍋だろうが何平鍋だろうが、もし対応してなかったらどの鍋買っても同じじゃないですか!何を考えているんだあの電気コンロは!!」
「ウン、そうだね……」
綱吉は心の中で、"俺は今日、「うん、そうだね」的な台詞を一体何度連発しただろうか"などと考えていた。
「それにしてもお腹空きましたね。無駄なエネルギーを消耗しましたよ」
「うん、特に今日は激しかったね。どっと疲れがきた感じがする」
本当にお腹がへってきた。当面食べれないであろうパスタが急に恋しくなった。
「で、結局今日何作るの骸さん」
「何にしましょうねぇ…何だか途中から考えるのが面倒になってしまって。何がいいですか?」
目を伏せがちに薄いため息を漏らす。いやみなくらい絵になる仕草の数々も、慣れてしまえば……いや、これはまだあんまり慣れない。
「骸さんが作ってくれる料理って、名前がいっつもよくわかんないんだよね……何だっけ、あの鶏肉使ってるやつ」
骸が小さく吹き出した。「範囲広いですねえ」
「あのねぇ…何だっけねぇ…ほら、あの何か黒い調味料使ってさぁ…醤油じゃないけど…」
「…バルサミコ酢ですか?」
「ああそれ!何かそんなような感じの響きだった!あれで鶏肉をどうにかしたあのアレ、食べたい」
「――了解です」
言うやいなや、車線変更。
「あれっ?もしかして材料無かった?」
「そうですね、その肝心の調味料はもう使ってしまったので」
早くも転回をするために向こう車線の車を確認している骸に、綱吉は両手を横に振る。
「いやっ、材料無いんだったらいいよ!買い直さなくてもいいって」
「せっかくですし」
吸い込まれるように転回を終えた骸は、ちらと綱吉に視線を寄越して、少し困ったような笑みを浮かべた。
「いつもは"何でもいい"ばかりですからね。君あまり自分の希望を言わないでしょう」
「まぁ、そうだけど…」
それは、まぁ骸に任せておけば適当においしいもん作ってくれるしな、的な考えでいるからなのだが、それがかえって気にさせてしまっていたか。
「今日は色々散々でしたからね。たまに聞ける君の願いぐらい、気分転換に叶えさせてくれませんか」
しばらく車を走らせていた中、
ぽつりと漏らされたその言葉が、案外に寂しげな響きを持っていたので。
思わず綱吉は顔を向けた。
(ごめん骸さん、何でもいいってのは、どうでもいいとかそういうんじゃなくて)
そう謝ろうと思って口を開きかけたけれど、相手は思ったより楽しそうな顔をしていたので口をつぐんだ。
「付け合せは何にしましょうね、君いまだに人参苦手でしたかね」
「うん、じゃがいもとかだったらいいよ きのこでもいい」
「了解です。あと食べたいものがあったらお店で言ってくださいね」
「うん、」
言うよ。言う。
駐車場についた車からもたもた降りた綱吉は、鍵を閉めて少し離れた場所で待つ骸に向かって走っていった。
<ぶっちゃけるとIH非対応フライパンの衝撃を書きたかっただけというオチ>
心の底から関係ないけど、その昔友人の車に乗ってご飯食べにいったとき、降りるのが遅くて私ひとりモタついていたら、車降りる前にガチャッてナチュラルに遠隔操作で鍵を閉められて、がーん ってなった記憶があります(もちろんわざとではなかった)