召喚!

<骸さん誕生日おめでとう話>

『召喚!』



「えっと…で、薔薇の花びらを魔方陣の中に散らし、甘い菓子を供物の代わりとして捧げる」
ひどく古めかしい本を片手に、綱吉は自室の中であやしげなものを広げていた。
本には、『古式召喚法』とか何とか書かれている。
黒魔法か何かを思わせるような魔方陣、ともされた蝋燭に薔薇の花びら、何かをかたどったモノや供物がわりのチョコレート。
これで何か召還されてしまうとも思えないが、こんな奇行に走るほどには綱吉は追い詰められていた。


夢見がちな親父が事業立ち上げに失敗し、大量の借金を抱えたために「一攫千金を狙ってくるからな!」とマグロ漁に出てしまった。
母は「がんばらなくっちゃねぇ〜」とニコニコしながら、たいして稼げもしない造花作りの内職に精を出している。
正直笑えない。笑えない額の借金なのにどうしてうちの家族はこんなに明るい顔をしているのだ。
綱吉は必死に考えて、何か金になるものはないかと家をあさっていたところ見つけたのが、この『古式召喚法』。
しかし借金を何とかしようとして、その書物を大真面目に受け止めて必死に黒魔法を行おうとしている綱吉も、親父と似たり寄ったりである。
(俺がなんとかしなきゃ…!俺がなんとかしなきゃ…!!)
花作りも一攫千金も埒があかない。そこに黒魔法が加わったところでいかがわしさが増すだけであるが、綱吉は本気だった。大真面目だった。


6と9のつく日に行えと書かれていたために、実行が大幅に遅れた。
(おねがい、お願い、もう何でもいいから出てきて…!)
祈るような気持ちで準備を整えていく。崖っぷちに立たされた身としては、神でも仏でも悪魔でもいいから出てきてほしかった。
やがて準備を整えると、おもむろに綱吉はリコーダーを構えた。
最後の召喚は、呪文の詠唱ではなく笛をつかって生気を笛に注ぐようにできるだけ長く吹け、というものだった。
(いくぞ…!!)
すぅうっ、と息を吸って、ぽーーー と笛を鳴らす。
ぽーーーー
鳴らし続けて、そろそろ息が苦しくなってくる。それでも吹く、吹く。このまま息がつきるまでといわんばかりに吹く。
(あ…、でもだめだ、もう頭が…)
だんだん息が細くなってきて、綱吉の頭がくらくらしてきた。
やっぱり無理だったかなぁ、普通に考えたらこんなんで何か出てくるわけないよなぁと思いはじめた矢先、いきなり昼間の部屋が真っ暗な何かに塗りつぶされた。
(?…)
ガクリと膝を落とした綱吉の目の前に、何か黒いものが現れる。

「よくぞ喚んでくださいました、我が生みの親よ」

「はへ…?」
真っ黒な影がやがて部屋から引いていき、まだクラクラする頭を振りながら、綱吉は上を見上げる。
するとそこには、頭まで黒いローブを身に纏った男が立っていた。
紅と濃青の双眸が、綱吉を見下ろししゃがみこむ。なめらかな綱吉の頬を白い手でとらえて、嫣然と微笑む。
「君が僕を実体化してくれたのですね…有難いことだ。我が生贄であり生みの親よ、望みは何ですか?何なりと申し付けるがいい」
丁寧な物腰なのにどこか横柄で貴族然としたその態度に、間近で見る悪魔的な美しさに、そして何より本当に何かを喚んでしまったという事実に、綱吉は一瞬声が出なかった。
何か変なん出てきた…!!
何かとんでもないものを喚んでしまった気がする……!!!
「どうしました。どんな望みでも良いのですよ。世界征服?それとも滅亡?どんなホロコーストのシナリオでも、僕は芸術にしてみせる自信があります」
口の端を吊り上げるシニカルな笑みを見せられても、怖いだけである。
ふるふるふる…、首を横に振る。そんな、世界滅亡だなんて!!
「な…、ないよ、しなくていいよ…、」
うわ言のように綱吉は呟いた。
「何ですって?」
「そんな…、俺はただ…、」
借金を返したかっただけで。
でもその望みを言うと、何か恐ろしい叶え方をされそうで怖かったので云えなかった。
しかも、なんか最初に生贄って言わなかったか?
生贄?自分が生贄??
口をカタカタさせながら、「や、やだやだ、」と弱く呟く。
「ちょっと。仮にも僕のマスターなんですからしっかりしてくださいよ」
しかし綱吉は首を横にゆるゆると振る。
「か…、帰ってくれませんか、俺、もういいので」
喚び出しておきながら「帰れ」とのたまうマスターに、その男は不機嫌そうに眉根を寄せて、しれっと言い放った。
「無理ですよ。僕が帰るときと言うのはすなわち僕か君が消滅するときです。僕を実体化させて生んだのであれば、ちゃんと責任を取っていただかないと」
願いをかなえたら壷に戻れるとか、そんな簡単なことじゃないんか!そこまで一蓮托生なのか!!
愕然として綱吉は言葉を失った。
こんなん生むつもりなかった……。


かくして沢田家に物騒な生き物が一匹棲みつくことになり、綱吉は更に頭を悩ませるようになった。
自分が生んだのなら自分が名前をつけねば…、と悩んでいると、六道骸という名前がある、と云われて拍子抜けした。
「何だよ、だったら最初に名乗れよな…」
「何か云いましたかマイマスター」
「何も!…ところでその、マスターとか言うのやめてくれないかな…、そんな呼び方されたら俺変な人だと思われるから、綱吉とかでいいよ」
商店街の安売り品を探してぶらぶら歩く綱吉に、律儀についてきながら骸は目を眇めて、すうっと息を吸う。
「マスターマスター、マスタァアア!!
周囲の人間がぎょっとして綱吉のほうを向く。
見目のいい黒ずくめの男が、何の変哲も無いただの青年をマスターと呼んでいる。どんな関係性…!
周りが軽くざわついた。
ぎゃああ!だから何?!もう、ちゃんと普通に名前で呼んで!!!
「了解しました。命令はちゃんとそのように言ってもらわないと、わかりにくいですよ」
「め…、めんどくさいな…、いちいち命令っぽい言い方にしなきゃ駄目なのかよ…あ、福引券たまった」
野菜を底辺の値で買いながら、手元にたまった券を数える。
「別にお願いっぽく言われても大丈夫ですよ。僕的にはその方が好みですね」
お前の好みなんか知るか…、そう苦い顔で思いながら綱吉は福引をひく。

「おっ、おめでとうございまーす!5等の米5kgでーす!」

「や、やったー!!」

沢田家(というか綱吉)にとっては、旅行券や最新ゲーム機(電気代がかかる)よりも、食糧の方が正直ありがたい。
綱吉は未だに骸に本来の願い事は言わないが、それをあえて言わなくても少しだけ運が良くなったような気がしていた。
「全く…、僕の力を盛大に使えばこんな面倒な事しなくて済むのに…何を恐れているんですか。お金が欲しいんでしょう?」
「怖いよ、だってお前の力って思いっきり何かを犠牲にして発揮されそうなんだもん」
「そりゃあそうですよ。何も犠牲にならない力なんて、そんなたわけた事期待するほうが愚かです。そもそもじゃあどうして君は僕を喚んだんですか?」
ぶちぶちと文句をたれる恐怖の権現に、綱吉は言葉を詰まらせる。
「あんときは…そりゃ、その、追い詰められてたんだよ…」
けれどいざ喚んでみると使うのがこわかった。
これなら地道にバイトして稼いで、やがて就職してお金を返したほうが安心する気がしたのだ。
結局食い扶持一人増やすだけに等しい結果となったが、自分が喚んでしまった以上はどうにかするしかなかった。
力など使わなくても案外、骸は地味に金や物資を呼んでくるのだ。


「あらっ、おにーちゃん今日も来たんだねぇ!ほら、これいつものお裾分けだよ〜!」
「ありがとうございます」
にこっと比較的穏やかな笑みを浮かべて骸がお裾分けを受け取る。どうやら自分の役割を認識してくれているようだ。
骸を連れて歩くようになってから、商店街のおばちゃんの愛想も良くなったような気がする。…綱吉が買い物に骸を連れてくるのはこのためである。
多少、いやかなり悔しい気もするが、生活の糧になるのなら仕方ない。
「どうしたんですか。食べ物が手に入ったっていうのに浮かない顔ですね」
「いや別に…やっぱ見た目なんだなと思って」
ちょっとやさぐれていただけである。
米5kgを持ってても何かいい男に見えるのは、正直悔しいとかを通り越して「何だよそれ、お前どうなってんだよ」とツッ込みたくなる。
しかし前を向いてぶすくれている綱吉にふぅんと小さく鼻を鳴らして、骸は内緒話でもするかのように綱吉の耳元に口を近づけた。
「でも僕は君の顔、好みですよ」
「わギャっ!!」
吐息がかかるほどに近くで呟かれて、綱吉は弾かれるように耳をおさえて飛びのいた。
「おや、君そんな俊敏な動きもできたんですか」
「できもするわ!!いきなり変なこと言うなよな!!」
「綱吉君が落ち込んでるようだったから、僕の気持ちを素直に伝えてあげただけですのに」
「ただ怖いよ!!」
ドン引きしている様子に、いかにも楽しそうにクックッ、と骸は笑った。
「マスターなのにどうしましょうね、虐げたくなるような顔をしてて困るんですよねぇ」
クフフー、と困ったようにニッコリ笑われたが、綱吉は笑いどころではなかった。
「こ…、怖いこととかするなよ!絶対だからな!!」
必死に言い募る綱吉に、骸は喰えない笑みで少々不気味に口の端を吊り上げた。
「努 力 し ま す」

(こ…、こえええーー!!)
到底努力などしそうにない。むしろそれを言った傍から何かをやらかしそうな物騒さがオーラになってにじみ出ている。
泣きそうな顔で、綱吉は買い物袋をギュウウと握り締めた。

神様ごめんなさい。借金はそのままでもいいからこの男を元にもどしてください。



しかしそんな綱吉の望みは、どこかに届くはずもなかった。


<おわり!>

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