下痢つな  


看護学生 ありえなスな番外編
〜下痢になった綱吉、テンパり気味な骸さんだったら〜

※作用は特にありませんが、副作用として稀に、深刻な感じにトイレに行きたくなるかもしれませんのでお気をつけ下さい
切羽詰った状況ってどうしてこんなに傍目には愉快なんだろう
(ex. トイレを我慢している 等)



(駄目だ…、もう俺は下痢で死ぬかもしれない…)
ひどく冷える自室のトイレの中で、綱吉は壮絶に項垂れていた。


なんか調子悪いな、と思ったのは2,3日前だった。
身体がだるくて、食欲がわかなくなっていた。
本格的にやべぇと思ったのは今朝あたりから。
1時間間隔が30分間隔になり、今では10分おきぐらいにトイレに行き、ほとんど水のような便が続きだしてからだ。
おかげで学校への欠席連絡も、トイレの中で息も絶え絶え行った。
そして二月のこの時期。苛めかというほどに寒い。
レポートも溜まってるっていうのに、これでは何もできない。飯すら食えない。
(おなかいたい。おなかいたい。おなかいたい。おなかいたい)
頭の中はさっきからそればっかりである。
「はああぁああぁぁ………」
トイレットペーパーを握り締めながら、綱吉はお腹の痛さを吐き出すように深く長く息を吐いた。
(誰かいっそひと思いに俺を…、)
うう、と唸りながら壁に頭をこすり付けたとき、その大声と轟音は響いた。
「ちょっと綱吉君!!腸管が破裂したって聞きましたよ!!まだ死ぬんじゃない!!!」
バタァアアン、と綱吉が住んでる部屋のドアをあけて必死の様子で骸が乱入してくる。
いっそひと思いにどうにかなったのは、どうやらドアの方だった。
「そんなことになったら俺本当に生きてないよ!!っていうか何でうちに入ってこれんのお前?!」
トイレの中から叫ぶ綱吉の声に、追いすがるように骸はトイレのドアにだんっと拳をあてた。
反射的に綱吉はガチャリとトイレの鍵を閉めた。だってなんかトイレの中にすら入ってきそうなんだもん!「あっひどい、鍵…、」とか聞こえたが、聞こえなかった事にする。
「そりゃ合鍵持ってるからに決まってるでしょう、そんなことはどうでもいいですよ、大丈夫なんですか君、バシャバシャのウン○しか出てないんでしょう…!おなかもおけつの穴も大変痛いですよね…!」
「ちくしょうその通りだけどあえて口にすることないだろ…!!」
しかも家のカギの件は華麗にスルーか…!

「大丈夫です綱吉君、僕が病院に連れて行ってあげますから、トイレから出てらっしゃい」
「無茶言うなよ!!たしかに病院にはいきたいけど、俺は今1分おきぐらいに便意に見舞われてるんだよ!」
そのおかげで、先ほどからトイレから出たくても出られない。
「その点も大丈夫です、大人用紙おむつも買ってきましたから、車内で漏らすぐらい何てことありません!」
「何てことあるよ!!頼むからドアから離れ…っ、ふっ、ぅうぅうう〜〜…!!」
荒い息とともにトイレの中から綱吉のうめき声が漏れてくる。
「お、おなかいたいぃいぃ〜〜…いた、いたいぃい〜…、」
「つ、綱吉君…、」
幾分ドキドキしたような顔で骸がトイレのドアを見つめる。
しばらくしてから、力ない吐息だけが奥から聞こえてきた。
「…ど、どうしましょう、ちょっと僕もトイレ借りたいんですけど」
はぁ、と切なそうな表情で骸はドアに顔を近づけた。
「自分ち行けよ…!!何しにきたんだよお前…!!」
つかれる…!!と頭を垂れる。どうして自分の下腹に悩まされた上に、この騒がせ者の対応に苦慮しなければならないのだろう。
「ダメです、僕は君を病院に連れて行って無事安全をしかと確認するまで帰れない…!!」
「それ誰の命令?俺が許可するから、帰っていいから…」
「駄目といったら駄目です!!腸が破れてるんですから無理して話さない!」
「だから破れてないから!!!…、ふ、ふぅ…、つかれ…、」
誰かこいつに通じる言葉で、こいつに俺の現状を事を荒立てない方向で説明してくれ。
カクリと、綱吉の首が力を失った。


「え…っ、じゃあ腸管破裂したわけじゃなかったんですか…どうりでまだ意識があるなんておかしいなと思いましたよ…」
やっとの思いでトイレから出てきた綱吉に、きょとんとした顔を骸は向けた。
「別の意味で気絶しそうになったけどな…とにかくそういうわけだから、そんな急がなくてもいいから…」
呻くように言う綱吉に、しかし骸は首を横に振る。
「いいえ、でもまだ原因が何なのか判らないんですから、とにかく病院に行かないと。変な菌にでもあたってたらコトです。何か変なもん食べたんじゃないですか?賞味期限切れの牛乳とか」
綱吉にふわふわしたブランケットをかけながら、自分の荷物を持ち直して台所に目を向ける。
「おかしいなぁ…そんな変なもの食べた覚えないんだけどな…、」
「案外気付かないもので…、ちょっと君、相当熱あるでしょう!」
ふわりと触れた首の熱さに骸が驚いて、額や指先、首に手をあてる。
「つ、つめたい…」
「僕の手の温度は普通です。君が熱いんですよ。どうしてこんなになるまで家に居たんですか…!」
「んなこと言ったって…、ちょっと、あんま大きい声で喋んないでよ、結構頭に響く…」
さっきまで自分も大声出してツッこんでいたせいか、若干頭がぐらぐらする。
ふら とよろけた綱吉の身体を、骸が静かに支えた。
「やっぱり何か感染系なんじゃないですか、下に車つけているのでいきましょう。…保険証は…あぁ、あのバッグの中でしたね」
ど、どうして人の保険証の場所まで知ってるんだろうと思ったけれど、いちいち聞く気力もなくて綱吉はコクリと頷く。こいつがこんな心配そうにうろたえるなんてなー、と、ちょっと意外に思ったのもあって、若干従う気になっていた。


奇跡的に便意がある程度おさまっているのは今しかないので、病院にいくチャンスといったら確かに今なのだ。
肩を抱えられるようにして車に乗り込み、乗り手に振動が極力伝わらないよう慎重に車が発車する。
カーブの減速も停車も、きわめてソフトである。だがしかし、決してすごく遅い速度かといえば、そうでもない。ただ運転の一つ一つの所作や、車の動きがなめらかなのだ。
そういやこいつ運転うまかったよな、なんてどうでもいいことを綱吉はぼんやり考える。
ただその運転のうまさが思いやりとして表現されるとは。これまた多少意外だった。
「大学病院は待たされるからパスですね。どこかまともに診てくれる個人病院…」
ぶつぶつ呟きながらハンドルを切る。あのよく回る脳内で、今は最善の近場の病院が検索されているのだろう。俺には真似できないなぁ。
発熱でぼうっとした頭で骸を見つめながら、ちょっとこいつ、頼りになっていいな なんて普段は絶対浮かばない思いが綱吉の脳裏に浮かんだ。
「そんなに熱があるのに、全く君は…、」
「大げさだなぁ、たぶん37℃後半とかだよ…」
「絶対にそんな程度じゃありません。まったく、家に体温計もないんですから…あなた仮にも看護学生でしょう」
ぐぅ、と綱吉は言葉を詰まらせた。だって体温計なんて普段使わないじゃん…。
それにしても口がかわく。すごく口腔内が熱い気がして、さっきからひっきりなしに唇をなめている。
「あついな、確かに…、」
「…何か、飲めそうですか?飲み物ならあるんですけど…」
気遣うような声に、綱吉は首をゆるゆると横に振った。何か入れたら下から出る、の繰り返しだったのだ。しかもお腹も痛いから、何も入れられない。だからここしばらく、水分すらロクに摂れなかった。
「…いい、飲めない…、」
「…でしょうね…」
苦しげに骸が眉を寄せた。
こういうとき、こいつって結構いい看護師になるんじゃないかな、と綱吉は思うのだった。



「ストレスとウイルスによる急性腸炎でしょう」
診察と採血をして医師に言われたのは、綱吉にしてみれば「何だって」、骸にしてみれば「やっぱり」な内容だった。
「熱も39℃超えてますしね…だから言わんこっちゃない、僕は決めましたよ綱吉君、君がなおるまで君の家にとまりこみますから」
点滴を受けて処置台に横になっている綱吉の横に座って、骸はそうのたまった。
ちらりと点滴の内容を見る。下痢止めのブスコパンが混注された輸液が、綱吉の腕の点滴ラインにつながっている。
「いや…、ツッコミが追いつかないので帰ってください…」
「もう君の訴えは症状の訴え以外聞きませんよ」
「もともと聞いてなんじゃん…、ああ、しかし、こんなに熱があった上に自分がこんな点滴されるとは…」
軽くショック、とでもいわんばかりに空いた腕を自分の目元にのっける。
「まったく、なんでストレスなんか溜め込んでるんですか…!君らしくもない…!」
「う…、うぅううう…、」
ちくしょうストレスの一端はお前だよ とか、君らしくもないって何だとか、言いたい事は山ほどあったがどれも怒りを伴ったうめき声にしかならない。
「でも下痢は止まりましたね、さすがに」
発熱はそのまんまだが、たしかに先ほどからトイレへと向かわせる逼迫した何かは、肛門に押し寄せてきてはいない。綱吉はコクリと頷いた。


無事点滴も終わりアパートに向かう途中、骸がスーパーとドラッグストアに寄って色々買ってきていた。
「わ、何か色々あるね…」
その買い物袋の多さを見ながら、ああこいつホントに滞在する気だと綱吉は思ったが、もうあえて何も口にはしなかった。
「下痢が止まったとはいっても何から食べられるかわかりませんからねぇ…、とりあえず色々買ってみました」
「うん、ありがたいんだけど、そのパインの缶詰はちょっと酸味強すぎて食べられないかな…」
スーパーの袋から覗いたトロピカルな缶詰に、何ともいえない生ぬるい視線を向ける。
「失礼な。これは病みあがってきたころの疲労回復用です」
(…やっぱ食わす気なんだ…)
家について品物を冷蔵庫などにしまおうと綱吉がかがむと、骸が手で制した。
「いいから寝ててください、僕が片付けますから!」
「え…っ、っていってもお前…、」
「大丈夫です、間違ったとこに収納なんてしませんから」
「お前の"大丈夫"はいちいち怖いな!なんでそんな収納場所とか知ってんの!!」
勝手に布団をひきだして寝巻きを取り出す(勿論布団や寝巻きの場所なんて綱吉に聞いてない)骸に驚愕しながら綱吉は叫ぶ。
「いいから、今は一時的にブスコパンのおかげで下痢が止まってますけど、まだ抗生剤も飲んでないんですから根本的には解決してないんですよ。何か食べられそうなもの用意しますから、それ食べたら薬のんで寝なさいね」
「…うう、いちいち正論なのがシャクだなあ…」
呻きながら着替えてモゾ、と布団にもぐりこむ。下にブランケットをしいてくれたおかげで、身体がブルッとしなかった。
(あ あったかい…)
薄手だけどコレを一枚敷くだけでこんなにも違うのか、とひそかに感心する。奴は一体どこのおかんだ。
「あ、そうそう、水分補給はコレでね、綱吉君」
手際よく品物を片付けながら、骸は一本のペットボトルを綱吉の枕元に置いた。
「ん?」
ちらりと見ると、見慣れないパッケージである。「経口水分補給飲料 OS-1」と書いてある。
「”オス…いち”?」
何か、医療系のものだろうか。首をかしげていると、上から声が降ってきた。
「何ひとつとして合ってません。”オーエスワン”、消化管の障害時、効果的に電解質と共に水分を補える飲料です。現場でも治療で使われてるので知ってると思いましたが」
(しらねーよ…何だよそれ…)
骸と一緒にいると何度も言いたくなるが、自分は一介の看護学生である。本来の勉学すらままならないのに、現場のことなどどうして判ることができようか。判る気にもならん。
たしかに骸も同じ立場のはずなのだが、なんでこいつはこんなに色々知ってるのか。別に、看護に命かけてるふうでもなさそうなのに。
「まいっか…、ありがと」
ずっと口の中はカラカラだったのだ。水分をとりたくてもとれなかったから、やっとお腹がラクになったので水分は補給しておきたい。下から出るばっかりで思いっきり脱水状態だったために(血管がしぼんで点滴の針を刺しにくいぐらいには)、本来身体もカラカラなのだ。
更にはこんな治療飲料ならなおさら、ありがたい感じがする。
うまく力が入らなかったのでペットボトルの蓋すら開けてもらい、コクリと綱吉はそれを口にした。
…ら、その瞬間。
「ま まッず!!まッッず!!!」
口とか鼻とかがひん曲がりそうな味が、口いっぱいに広がった。
慌てて流しに駆け出し、ぶえーー、とその飲料を吐き出す。へんな味がする、へんなかんじがする。思わず吐き出すほどには奇妙すぎる味がする。
「ちょ、何これまっず…!!申し訳ないけどこんなもん飲めないよ…!何コレほんとに飲めるの?!飲む用なの?!おかしくない?!
腸とかに直接入れるようなやつとか、血管から入れるようなやつとかじゃなくて?!
「何言ってるんですか、こういうものでも補給しないと君、脱水状態に「じゃあお前飲めよ!!」ぅぐッ!!
無理やり口に件のペットボトルを突っ込まれて、一瞬目を白黒させてから一口骸が口に含む。
「……ッ、………〜〜ッ!!」
思わずばっと口をおさえて声にならない声を骸があげる。してやったりといわんばかりに、綱吉はフッと鼻で笑った。
「ほらね骸さん、飲めな…」
しかし骸は、下を向いたまま無言でペットボトルを奪い取ると、そのままゴクゴクと何口か飲んだ。
「…ひ、ひぃい…!!」
そして、据わった目で綱吉の前にずいっとペットボトルを差し出した。
「………さァ、僕だってこうやって飲めるんですから、いわんや病人においてをや、ですよ…」
「ちょ…、待ってよ…、何もコレじゃなくても他に何か飲めるもの…、」
「問答無用!」
「ちょっ、ちょっとおー!!下じゃなくて上から出ちゃうからぁあ!!」
がぼっと綱吉の口にペットボトルがつっこまれる。むせるのは嫌なので、無理やり嚥下する羽目になる。
そのどうしようもない味に、盛大に綱吉が顔をゆがめた。
「う…ッ、うぇええ〜〜〜ッ、まずいぃい〜〜!!」
「…ほんと、まッずいですねコレ…関係者は一体何を思ってこんなものを飲ませようと思うのか…
わかってんのに飲まさないでよ!アクエリとかでいいよ…!」
涙目で口をぬぐう綱吉に、骸は軽く息をついた。
「まぁ、別にコレしか飲むななんて言いませんよ。ちょっと楽しい思いはできましたし」
「は?」
耳を疑うような最後の一言に、はじかれたように綱吉は顔を向ける。だが骸は何事もなかったかのように食事の用意を始めていた。
「さ、綱吉君、多少身体がラクになったからってはしゃいでちゃ駄目ですよ、ちゃんと寝てないと」
「誰が人を飛び起きさせるような事態に持ってったんだよ!」
寝耳に水ならぬ、寝口にオーエスワン。結構な破壊力だった。嚥下機能の弱ったじいちゃんばあちゃんなら、今頃むせて肺炎の原因にでもなっているところだ、まったく。



「とりあえず食べられるかわからないのに手間ひまかけるのもアレなので、手始めにゼリーなど用意してみました」
そう言う割に、皿にはゼリーと果物がカフェか何かのようにオシャレに盛られている。
「…あ ありがと…すごいね…」
自分はこんなふうにオシャレには盛れない。おそらく缶詰ではない果物が、とてもデザイン性に富んだ切られ方をされている。
デザインの一つだろうか、微妙にブドウの皮が残っているが、これどうやってつつけばいいんだろう。ゼリーにささっている旗は、まさか手作りじゃないよね と思いたい。
そういえばこいつ、びっくりするぐらい凝り性だったという事を思い出した。しかもその凝るポイントがよくわからない。怒るポイントもよくわからないし、ついでにいうとテンションの上がるポイントもいまいちわからない。
(…まぁ、それは置いといて)
深く考えず、とりあえずゼリーのほうに綱吉はスプーンをのばした。
はぐ、と口に含む。飲み込んでも痛くないお腹と、ひさしぶりに口にひろがるおいしさに感動した。
「…お、おいしぃ〜…、」
色々な感動で涙が出る。食べ物が食べれる。飲み物が飲める。
「あまり無理しなくていいですからね、久しぶりに食べるんでしょうからセーブ気味でいいですよ」
「…そ、そうなんだけど、なんかもう色々ありがたすぎて…」
涙すら流さんばかりの勢いの綱吉に、骸はゆるく吐息で笑った。
「大げさですねぇ…、ほら、それ食べたらあったかくして寝るんですよ」
座っている綱吉に、ショールのようなものをぐるぐると巻きつける。別に風邪とかではないが、暖房の効きが悪いのもあって部屋が少々肌寒いために、ありがたく暖かい。



ぼうっと目を開けると、外も部屋もすっかり暗かった。
台所スペースの方で何かを調理してるような音がする。
ああ、ほんとに誰かいてくれてる、ほんとに骸さんいてくれてるんだなぁと頭の隅で思う。
(誰かいてくれてるって、いいなぁ…)
多少弱っているためか、綱吉の思考は素直だった。
そういえば今日は普通に講義があったはずだが、骸は一日中綱吉に付き添っている。そればかりか滞在宣言まで出ている。
(…学校、今日行ってないのかな…)
いくら友達とはいえ他人のために学校休むやつがあるだろうか。しかも講義だってかなりの詰め込み方式だから、一回休むだけでも正直大変だし出席日数の規定も相当厳しいのに。
(あいつだから大丈夫なのかな)
大学になったらもうちょっとは余裕があったりラクだったりするのかなと思っていた綱吉にとって、それは大きな間違いだったと何度も思い知らされたものである。
この専攻は、カリキュラムに余裕というものがない。夏休みも冬休みも、技術演習に出てきたり追試や補講にのきなみつぶされていく。
ほかの専攻では一番時間のあるはずの四年目では、本来の卒業研究、臨地実習、国家試験対策と、四年間で一番忙しい年を送ることになる。先が思いやられる。

ぽやっと目をあけたまま寝転んでいると、部屋の扉が開いて骸が入ってきた。ついでにいいにおいも入ってきた。
「…あ、起きたんですか綱吉君。どうですか、少しは眠れましたか?」
「うん…、もしかしてずっと台所のほうにいたの?」
「まぁ…、そんなに時間もたってないですし。料理してました」
綱吉は時計を見た。そんなに、っていっても、軽く三時間は経ってるんですが。一体、どんなすごい料理を。
「りょうり…」
「ええ。色々考えたんですけど、脂肪成分は吸収も大変ですし、腸管に負担をかけるかと思って結局はまだお粥、という事になりました」
持ってきた料理を机の上に置いてから、手際よく綱吉の体温を体温計で測る。
「もう少し回復してきたら、豆腐なんかの植物性タンパクも使いますから」
「はあ」
「鮭を焼いてほぐしたものを入れましたけど、苦手じゃあなかったですよね」
ウンと綱吉が頷く。体温を見ると、薬のおかげか37℃後半まで解熱している。どうりで身体が軽くなったわけだ。
「ロキソニンいっても(内服しても)このぐらいですか…」
不満そうに骸が呟く。後頭部にあてていたアイスノンを冷えたものに交換してから、食べる準備を進める。
(…すごいな、よく働くよなこの人…)
何でもなさそうな感じに色々仕事をこなしていく。綱吉がぼけっとしてる3分の間に、10ぐらいの作業を終えている気がする。
「ある程度ぬるくなってますから、火傷はしないと思いますよ」
「はーい、いただきます」
手を合わせた綱吉を、若干はらはらした表情で骸は見つめる。
「だ 大丈夫ですか、食べれますか。食べさせましょうか」
「食べれますよ…!!だ、大丈夫!」
さすがになんかそれはこっ恥ずかしい。食事介助の練習とはワケが違う。
見てみると、鮭はびっくりするくらい食べやすそうな感じにこまかくほぐされていた。
(…じ 時間がかかったわけだ)
しかも、鮭を焼いたとか言ってなかったか?綱吉宅のガスレンジの魚焼き機能がめでたく初・使われたという事になる。
今日は色々なことに驚愕し通しである。六道骸という人間は本当に底が知れない。
ほわっと粥を口にふくむと、甘さをともなった塩味がマイルドに口に広がった。適度なやわらかさの粥が、舌にやさしく乗る。
その旨みに、綱吉の目に涙がじわっとにじんだ。
「…お  おいひい」
本当においしい。こんなにありがたいおいしさに再び出会う事ができるとは。
「本当ですか?よかった…、天然の塩を使った甲斐がありました」
「て 天然の…」
「出汁は昆布からとってみたんですよね。昆布とかつおぶしって、旨み成分やパーセント的にはどちらがいいんでしょうねえ」
「わ、わかんないけど、すごいね。でもおいしいよ、ありがとう」
満足そうに微かに頷く骸に、綱吉もやっと力を抜いて笑うことができた。
勢いが色々人外だし、こわくなるほど変なトコに時々凝り性だし、たまに結構怖いし、変なことを言ったりしたり、あまつさえ嫌がらせかと思う行為すらするけれども、根は悪いやつではないのだ。
なんだかんだいって、こいつも自分も人間である。
「今度骸さんが体調崩したとしても、俺がなんか頑張るからね」
「いやぁ…それは…ちょっと…、どうですかね…」
「何だよその歯の奥になんか挟まったような言い方!」
「じゃあ何かマスコット的な感じでベッドサイドかベッドの中でまるまってくれてたらいいです」
「素直に邪魔だから居なくていいよって言えよむしろ」
「あ、ごめんなさい言い間違えました、ペット的な感じで」
「同じだ!!」


朝目が覚めると、洗濯機がごうんごうんと回っている音がしていた。
(…すげー…、もう俺のプライバシーもへったくれも無いなぁ…)
まぁそんなものはどうでもいいのだが、この住み込みっぷりはびっくりである。
「熱が下がるにつれて随分脈も落ち着きましたねえ。身体に水が入ったからってのもあるんでしょうか」
当たり前のように綱吉の脈をとって熱を測りながら、感心したように骸は呟いた。
脱水状態のままだと、水が少ないので心臓があせって全身に水をまわそうとして、通常より早く脈打つ。だから脱水のときは脈拍数も高くなる。
「そうだねえ、おかげで多少食べたり飲んだりできるようになったし…」
「あれから便の状態はどうですか、まだシャバシャバですか」
「間隔があいたのとモノ食べたぶん、多少なんか混ざるようになってきたよ」
「肛門とか切れて痛い思いしてませんか」
「…………大丈夫です…」
そこは別にことさら心配しなくてもいいです。
布団の中に入ってるのに、尻のあたりに視線を向けられて何だか落ち着かなくなる。どうしてこいつはケツの穴も等しくこんなに心配するのか。
「じゃあご飯用意しましょうか。何食べますか、食べたいものあったら言ってみてください」
「うーん……」
しばし考える。あまりお腹は減ってなかったが、朝昼夕と食後にたくさんの薬を飲まねばならないので食べなければならない。薬のせいで胃が荒れては本末転倒だ。
「………おかゆ」
長く考えた結果、やっぱりお粥ということになった。
「了解です。具は?」
「昨日のやつ」
やわらかい声で訊ねられると、素直に答えてしまう。
「昨日のと一緒でいいんですか?卵とかもありますよ」
「ううん、昨日のがいい」
「わかりました」
くすりと一つ微笑ってから、骸は立ち上がった。
綱吉は昨日の鮭粥がいいと言ったが、言えばたいていのものは何でも作ってくれるんだろうなと思いながらその背を見送る。
「○○が食べたい」と言ったらそれが作られるって、どんなぜいたくな状況だろうと、一人暮らしに多少慣れてしまっていた綱吉は改めて実感した。
(これなら居てくれてもいいかな。むしろなんか悪いな…)
ばつの悪さを感じるまま、ばふっと枕に顔をうずめる。
(てか食材とか色々、いくらしたんだろ…あとで金額聞かなきゃ…)
そう思いながらも、とろとろとまどろみの中に落ちていった。金額云々よりも、食事を用意してきた骸が寝てる綱吉を起こすにしのびなくて困る、という事は頭に浮かばなかった。



3,4日も経てば綱吉の症状はだいぶ回復していた。後は便がちょっとゆるいぐらいだ。
「はぁあ…、ふつうのご飯がふつうに食べられる幸せ…!!俺ほんと生きててよかった…!!!」
目をうるませながらごはんつぶを頬張る綱吉に、軽く笑いながら骸も(自作の)料理を口に運ぶ。
「ほんと、よかったですねぇ。症状が改善しなければもう一度今度は大学病院の予約を無理やりもぎとるか、あの医者に何とかして紹介状でも書かせようかと思ってたところですよ」
「…いや それは すごいね…」
軽やかに笑いながら言う台詞じゃないね…。
しかし、と、ご飯を食べる綱吉のペースがゆるやかになる。
(…最初骸さんなんて言ってたっけ)
たしか、綱吉の症状が落ち着くまでの滞在、とか言ってなかったっけか。
ちらりと骸を盗み見る。彼は当たり前のようにべったら漬けなどつついている。
勇気を出して、綱吉は声を出してみた。
「…あの たしかに俺ほんとに助かったんだけど、感謝してるんだけど、」
「何ですか?」
「うん、でもね骸さん。俺もう治ったんだよね」
「もいっかい病院行って快癒の太鼓判でも押してもらってきますか?」
「いや、そうじゃなくてさ、うん、そう、治ったんだ、だから」
だからその、そろそろ骸さんは自分ちに帰ってもいいと思うんだけど。
なんでこうやって一緒にまだ晩飯とか食ってるんだろう。
あー、とかうー、とか言ってる綱吉に目を眇めてから、何かを思いついたように骸はポンと手を打った。
「ああ、そういえば、昨日カレイと帆立がお買い得でしたね。寒いですし、明日は冬の食材海鮮鍋にでもしましょうか」
「えっ、マジで?!おいしそー!!食べたい食べたい!!」
今は何を食べても奇跡のようにありがたくおいしいのである。美味しそうな食べ物の話に身を乗り出す綱吉に、骸はにっこりと笑った。
「そうですね、じゃあ明日の夕飯は、それで」
意外に綺麗好きな骸のおかげで、部屋もたいがい綺麗である。
きちっと干された洗濯物を見て、まぁ、助かってるとこもあるし多少はいっかな、と綱吉は思った。


確実に飼い慣らされていたことは、ずいぶんあとに大人になってから気付くことになる。





<おわり!>



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