ああ女子大生
またしても百合で申し訳ないです
てへっ、とか言ってる骸にアレルギー症状のある方には禁忌です
ツナ→女子大生 入学時に何となく断りきれなくて入ったボーリングのサークルで活動(?)している
骸→女子大生 ツナと同じサークルで、ツナの後輩
「てへ、泊まりにきちゃいましたv」
「はぁああ〜?!」
真夜中に鳴ったチャイムにビビりながらドアを開けると、コンパクトな荷物を持った後輩がお茶目に立っていた。
『ああ女子大生』
「…で、何がどうしてこうなってるわけ」
いきなり訪ねてきたと思ったら、家主の了承を得る間もなく部屋にずかずかあがりこみ、我が家のように荷物をおいて部屋着に着替えて(しかもツナの)、こうして小さなテーブルに缶チューハイまで出して(これは持参)落ち着いている骸に、疲れきった様子でツナは頬杖をついて尋ねた。
「ふふ、ツナ先輩って部屋着も可愛いんですね」
自分が強制的に借りたものではなく、ツナの着ているただのTシャツをまったりと眺めながら言う。
「………」
自分の投げたボールをどっかの池に落とされたような気分になりながら、ツナは残り少ない手持ちの菓子袋を開けた。
そういやこいつ、あんまり話通じない奴だった。
見目麗しく色気もあるため、女子からは羨ましがられ男子からはモーションをかけられる容姿でありながら、中身はツナにとってそれはもうエキセントリックだった。
常識ある振る舞いもできるくせに、どうして自分にはこう、宇宙の人みたいな感じになってしまうのか。
それとも本当に、何か話したくない理由でもあるのかもしれない。
「…まぁ、別に言いたくないんなら無理には聞かないけど…」
「いえ、たまたま時間が空いてて、先輩の家に来たかったから来ただけです」
「そうなんですか」
特に理由とか無かったんかい。
「言っとくけど、食べ物とかあんま無いからな。いきなり来るからほんとに何もおもてなしなんて出来ないぞ」
「かまいません!先輩がいるんだから大丈夫です!」
客人としてなんか扱えないぞと言うツナに、骸は満面の笑みで応える。
「あっそう…? っていっても布団だって一組しかないし…雑魚寝…」
「僕は一組で全然大丈夫ですよ、寝相は良いほうです!」
「……いや、骸の寝相は良くても…」
こっちの寝相はそんなに良くない。実家にいたときはベッドから落ちた事もよくある。
しかしそんなのにも構わず骸は首を横に振る。
「ぜんぜん! むしろ大丈夫です!」
「えっ、むしろ大丈夫って何」
むしろって何、と思いながら言葉が中断されるも、骸はいい笑顔で缶チューハイをあおっていてその質問に対してはスルーである。
「あっ、そういえば」
仕方なく菓子をぽりぽり齧っていたツナのほうを見て、骸は多少真剣な表情を作った。
「駄目ですよ先輩、郵便物はちゃんときれいに整理しておかないと、よからぬ輩が先輩の個人情報を盗っていってしまいますよ」
「は?!え?! 何、郵便受け見たの?!」
戦慄を感じて目ん玉をひんむくと、つぶらな瞳をつくっているつもりなのか、ぱちぱちと目を瞬きさせて骸はピュアオーラを出した。
「先輩は危なっかしいからちゃんとチェックしてあげないとと思って」
「お、お前があぶねー!!」
「ゴミになりそうなものは僕が処理しておきましたけど、今度からはちゃんと気をつけないと」
「エッ、処理って何?! まさか持ってんじゃないだろうな!」
「まぁ、僕は既に先輩のささやかな個人情報は知ってるから別にいいでしょう?」
ここで骸の言うささやかな個人情報とは、住所やよく行く店の情報の類である。
「えっ、否定しないの?! 知ってるくせにわざわざ持ってるのは何で?!」
「あっ、缶空けちゃいました…、これ、先輩のぶんにと思ってたんですけど…」
自分の買ってきた二本目の缶チューハイを控えめに取り出して、ちらりと上目遣いで見る。
「いいから、もうそういうのいいから、呑めばいいから!」
だから話を逸らすな! と言おうと思ったが、更に怖い事実が発覚しそうなのでツナは口を噤んでしまった。
気を取り直すように、ふーー、とツナは息を吐く。
ペースは持っていかれない。持っていかれないぞ。
「…とりあえず、夏休みになったとはいえもう寝るからな、勝手に家のとかは使っていいから、骸も適当に寝てよ」
「えー! やですよぅ、ちょっとはお喋りしてくださいよー!」
(…う 、 うっざ …!!)
いっそ震える。震えるほどにゴーイング骸道な彼女に、早くもペースを乱されつつある。
「はい、ほら、先輩のぶんのお酒!」
まだあったらしい酒の中から、名店 粒りんごサワーを取り出してツナの前に開ける。
「ありがと…、」
強制的につき合わされてるのはこちらなので例を言うのも変な気がしたが、思わずありがとうとかごめんなさいとか言ってしまうのがツナという子である。
あ、好きなやつだ、と思って手を伸ばすと、ニコッとしながら骸はかわいらしく首をかしげた。
「先輩それ好きでしょ?」
「よ…よく知ってるよね…」
「やですよ、こんな事くらいで。僕ほんとはもっと色々知ってるんですよ?」
「あ、そ、そう…」
できれば聞きたくなかったので視線を合わせない感じにツナはスルーした。
「で、白蘭先生とはどうなんですか」
幾分温度の下がった声音が部屋に響いた。
「え……、」
缶を持ったツナの手が固まる。
いきなりドキッとくる話題に急に迫られて、ツナは一瞬息ができなかった。
白蘭は、ツナや骸の所属する科の講師の一人だった。
ある日何かのきっかけで白蘭の部屋に行って、話をする事があった。質問にも詳しく答えてくれるし茶菓子を出すなどして歓迎してくれる白蘭に、ツナも心を許して色々話すようになった。
白蘭が専攻している科目と研究に興味があったのもあって、ツナはよく彼の講師室を訪れていた。
しかも白蘭はツナの所属するサークルの顧問も兼ねている。自然とよく話すようになっていた。
それがやがておかしな関係になってしまったのはいつからだったろうか。
最初はボディタッチも彼なりのコミュニケーションだと思っていたし、変に受け取るのも失礼だと思っていた。
けれど本格的な行為に及ぶとなると、そんな事も言ってられなくなってきた。
…そこですらNOと言えなかった自分が、心を許していたからなのか、意志薄弱だからなのか、立場が弱かったからなのか、今となってはわからない。
ただ、こんなのおかしい、違う、と思いながらも、どうにもできず今までずるずるきてしまったのがここにある事実である。
そしてその事実には、続きがあって。
『あっそう、じゃ、もういいよ君』
白蘭の声が脳内で木霊する。
言ってはいけないのかもしれないと思っていても、「こんなのっていいんですか」と、「何かやっぱりおかしいです」と、言ってしまったのが原因だったのか。
どうせだったら、ちゃんと付き合った方がいいんじゃ、って、言おうと思っただけだったのに。
ひどく面倒くさそうな顔で、白蘭は片手を振ったのだった。
その片手で白蘭は、ツナの痛い思いやくるしい思いや葛藤や悩みを、ゴミでも放るかのようにそこらに捨てたのだった。
そんな と、思った。
今まで自分の身体を削っていたような気分だった自分は、その場で打ちのめされすぎて何も言えなかった。
家に帰ってから、怒りのあまり一人で泣き喚いてモノにあたった。
お皿とか雑貨とかが色々壊れてしまったけど、それがまるで自分の心や身体のようで余計みじめな気持ちになった。
きっと彼にとって、自分はこんなものだったのだ。
壊れたら後片付けすら面倒な、ただの日用品と一緒だったのだ。
何分沈黙が続いただろう。
なんでそれを、とか、どうして聞くんだ、とか、もしかして皆知って、とか、色々聞きたかったけど、それ以上に涙が出た。
「………ぅ、」
涙で視界がゆがむ。机の上に大粒の涙がぱた、と落ちる。
骸は一人苦々しい顔をして缶をガコッと握った。
「…あなたがそこまで泣くことじゃないんじゃないですか」
「……ひど いよ、骸、なんで、 知って るのに」
自分が白蘭に手ひどく捨てられたと知っているのに、どうして、「どうなんですか」なんて聞くのか。
両手で顔を覆う。手の隙間をつたって幾筋も幾筋も涙が落ちる。
「…っ、意地悪なんか、するつもりじゃなかったんですよ…」
フワッとティッシュをその涙にあててぬぐう。
静かに泣き続けるツナの頭を軽く撫でるようにして、ぽつりと骸が呟いた。
「…好きだったんですか」
しかしツナは首を横に振る。
「…わからない。わからないよ…、」
「………、」
骸が、頭にのせていた手を下ろしてツナの手首を軽く握る。
きゅ、と力をこめた。
「…僕の、難しい恋の話も聞いてもらっていいですか」
そのいつになく真剣な声音に、ツナは泣きはらした顔を上げる。
見ると、骸はまっすぐ自分を見つめていた。
「難しい…?、」
独り言のように呟いた言葉に、小さく骸は頷いた。
「まるで相手にしてもらえないんです。どんなに好きだってことを伝えようとしても、それは全部冗談で終わってしまう。まるで、底の無いバケツに砂でも注いでいるような気分です」
「骸…・・・、」
ツナは顔を曇らせた。
まるで相手にしてもらえない虚しさを、ツナは知らない。そこまで、見込みの無い相手に力を注げる方ではなかった(積極的とはいえなかった)し、ツナは相手にされていた側だった。
でももしそんな状況に陥ったら。
この骸がこんなに真剣になって、こんなに辛そうな顔をするのをはじめて知った。
…それは、ツナがわからないほどに、辛いのだろう。
「隣に頑張って一緒にいても、気持ちのベクトルは全然違う。その線の先はまるで違うほうに向かっていて、永遠に交じり合う事なんて無いんじゃないかというほどに絶望的だと思っていました」
「っ……、」
そんなに絶望的なのに、どうして一緒にいられるのだろう。
そう問いかけようとして、やめた。
その質問こそ、ひどいんじゃないかと思って、ツナは聞けなかった。
「自分がこんなに馬鹿だとは思いませんでした。負ける勝負なんてしないタチなんですけどね。…往生際が悪すぎると、自分でも思います」
ツナは首を横に振った。
よくわからないけれど、骸は馬鹿なことなどしていない。
「…骸がそんなに真剣なんだから、それはきっと、馬鹿なことなんかじゃないよ、どうしようもないんだ、」
どうしようもないほどに、必要なんだ。
「…ありがとうございます」
少し寂しそうな顔をして骸が笑ったので、ツナは何だか申し訳ない気持ちになってしまった。
何か、何か言わなければと骸を見る。
「…そ、それは、もう、相手には言ったの」
骸は首を横に振る。
「…ご、ごめん…、」
そりゃあ、そうだ。絶望的なんだから、言えてたわけがなかったと思い、ツナは自分の愚問に視線を落とした。
「言わないでおこうとも思ったんですけどね。やっぱりそれは、性には合わないみたいです」
ツナは再び視線を上げた。骸はふわっと軽く笑っていて、まるで悩みを話しているようには見えなかった。
「そっか…、強いね、骸は」
「何を言うんですか、あの仕打ちを受け止めたあなたのほうがよっぽど強い。僕は今まで核心に触れられなかったただの小心者ですよ」
「…っはは、」
あれだけ規格外な振る舞いをしておいて、よく言う。
ツナは涙でひやっとする目尻をぬぐって笑った。
二人の間で、はじめてやわらかい空気が流れた。
「…じゃあ、せっかく先輩に励ましてもらったので、僕これから、言ってみようかと思います」
「えッ…、これ…ッ、これから?!」
ツナは時計を見る。正直いって寝てるだろ的な時間だ。これからよりによって携帯ででも想いを告げるつもりだろうか。
骸の事だから、相手が眠さでぼーっとなってるどさくさに紛れて付き合うのを了承させたりするつもりだろうか。だが、この骸に絶望的といわしめるほどに難攻不落の相手に、そんな奇襲で通じるのか。
しかも、そこでフラれでもしたら後が大変である。というか、その可能性が大いにある。
(そ…っ、そりゃ、せいいっぱいフォローするけど!でもっ、…)
自分だけの力では、限界があるというか。
というか骸に嘆かれたら、事情が事情なだけに、その嘆きが深すぎてどうしようもできないような気がする。
(ど…っ、どうしよー!!)
「じゃあ…、」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って、でもさ、実際に会って言わなくていいの?あっ、逆に顔とか見えないほうがこういう場合は言えるのかな、」
「大丈夫ですよ、顔は見えてるので」
顔が見えてるだって?! 脳内妄想大丈夫か!
「えっ?! それ大丈夫じゃないだろ!」
至って落ち着いている骸とは対照的に、ツナはパニック状態である。
「…クハっ、ここまで通じないといっそ笑えますね」
「…えっ、ちょ、お前よく笑ってられるな、」
「ふふ…っ、あのね先輩、」
幾分、ツナの手首を握る手に力がこめられる。
何、と思う間もなく、骸の視線はまっすぐツナを射抜いて次の言葉が告げられた。
「僕が絶望的だと言っていた相手は、あなたですよ」
ぽか、と口を開けて何も言えないツナに、骸はさらに言葉をかぶせる。
「好きです」
「あ ぅ、 ゎ、う」
一瞬何を言われたか理解できず、意味をなさぬままの音が口から出た。
予想できてなさすぎて、思考がついていかない。
たしか、さっき、目の前で自分に悩みを打ち明けていたはずのこの後輩は。
「ぇ……っ、」
その悩んでる相手が、自分だと。
(ええぇえーーー?!)
脳内では驚きのためツナが大絶叫していたが、実際にはほとんど声など出なかった。
驚きすぎてというのもあるが、どういう反応をするのも禁忌のような気がしてツナは身動きすら取れなかった。
考えたこともなかった。予想なんてし得よう筈もなかった。っていうか、冗談じゃない?とも思ったが、冗談と流すにはあまりに骸の表情が真剣すぎたので、ああこれは本当なんだと頭のどこかで認識する。
冗談ではないということは流してはいけないという事である。
(流すなんて え、てか、なんで?! ほんとに?! 何考えてんだこの子!)
「ごめんでも、ほ…っ、ほんとに…?」
それって何かの勘違いではなかろうか。骸なら相手など選びたい放題だというのに、こんなところで血迷っていいのか。
おそるおそる尋ねるツナに、舌なめずりでもしそうな勢いで骸はニコぉと目を細めた。
「警戒されるのが嫌なのであまり言いたくありませんが、僕本当はあなたの(ピー)をいつまででも×××してどうにかなるくらい(ピー)を(ピー)したいと思うくらいには思い詰めてるんですよね。あと…」
「わ ワァアア!! 疑ってすいませんでしたァア!!ほんとだホンモノだぁあ!」
おののくツナににっこりと微笑って、「わかっていただけたようでよかったです」と骸は首をくん、と傾げた。
それが発覚した瞬間ツナは、撫でるように自分の手を触っている骸の手が気になりだした。
「えっと…、」
今まで骸をそんなふうに見たことがなかったから、YESと言うにもNOと言うにも気持ちの整理がつかない。まず頭の整理もつかない。
そわそわしたように触れた部分を気にしだすツナを幾分ほころんだ顔で見つめてから、骸は手を離した。
「別に今とって食おうなんて思ってないですから大丈夫ですよ。僕の場合は自分の気持ちを伝えるのがゴールぐらいの気持ちでしたから、あなたは気にしなくていいんです」
「で、でも、…」
気にするなと言われて気にしないようになれるほど、器用には出来ていない。
しかも今までも骸は多分辛い想いをしてきただろうに、ここで自分がNOといえば骸は更に傷つくわけで…。
しかし、何かを言いよどむツナをよそに骸は軽く缶をあおった。
「あーあ。お酒をのんで振られ話を振って、自分の悩み話してどさくさに紛れて言うなんて、相当格好悪いですけどね。でもねツナ先輩」
カンっと小気味良い音を立ててチューハイがカラになった缶を机に置き、ずいっと視線を合わせる。
「かわいそうとかそういう事は、絶対に考えないでくださいね。先輩が本当にいいと思ったら、付き合ってもいいって言ってください。でもモヤモヤ悩んでしまうのだったら、さっぱり忘れてください」
「え、ええ…、そんな事、むりだよ…」
眉を下げるツナに、ふっと骸は苦笑した。
「だからあなた、とって食われちゃうんですよ。まぁ、その流されやすいとこも好きなんですけどね」
うわ、とツナは顔の内側が熱くなるのを感じた。
そんなん、普通、いいポイントじゃないだろ…。
骸としても大概処置なしだなと思いながらも、惚れてるのだから仕方ない。流されやすく、人の気持ちには真剣なこの先輩に、入れ込んでしまったのだから。
「ほんと、あんなのに食われたなんて勿体無いったら…、先を越されたのが死ぬほど悔しいですよ僕は」
両手を絡めるようにして、そっとツナの両頬に添える。
他の誰が望んでも手に入らないであろう、熱を含んだその視線にツナのどこかがどきっとした。
(ちょ、こ、こんな顔、男の人にしてあげればいいのに〜…! こいつに気ぃある奴なんてゴロゴロいるのに)
そういえば自分は綺麗な顔が好きだった。新入生の中でぱっと目について偶然勧誘したのも、骸は顔立ちが整っていたからだ。
中身の奇想天外っぷりを知るのは後になってからだったが…。
その後輩に、こんなふうに言い寄られる事になるなど、予想しろというほうが無茶である。
(さっきの台詞も本気で言ってるんだもんな…、し、信じろって言うほうが難しくね?)
うぇっと、とか、あっと、とか言ってるツナの頬を愛おしそうに撫でてから、ごちそうでも見るような目で骸は目を輝かせた。
「まぁ、でもいいです…。申し訳ないんですけど先輩、僕これからそういう意味で先輩に絡んでいくので、その辺は分かっててくださいね」
うふv てな具合にお茶目に笑う後輩から得体の知れぬ確かなものを感じて、ツナは軽く背をふるわせた。
何に一番ブルッときたかって。
何か自分があっさり落ちそうな気がして、その訪れるであろう変化にツナは一番ブルッときたのだった。
<終>